鮭とかえる

イチロー

第1話

【 鮭とかえる 】1





◎ 序章〜一般的な鮭とかえるの一生


たまごから孵った鮭は産まれた川を下り、遠く離れた海を旅し、大きくなってふたたび産まれた川に戻ります。

そしてたまごを産み、その生涯を終えます。

およそ4年の大半を海に生き、その魚体は大きくなるもので120㎝・体重5㎏を超えるほどに。


一方。

たまごから孵ったかえるは、その生涯をほぼ同じ場所で暮らし、あまり移動はしません。

冬は土の中で冬眠をします。

およそ2年から4年を生き、人間の手のひらにのるサイズのものがほとんどです。



姿かたちはおろか、種族も違う鮭とかえる。

本来ならともに行動することのない鮭とかえる。

そんな鮭とかえるが出会うことから、この物語が始まります。



 

◎ 第1章 初めの春

第1話 出会いはたまご


ここは奥深い山のなか。

冬。

すべてが雪に覆われています。

川の水も氷となって、その流れを留め置いています。

流れ落ちるはずの滝でさえも、その流れ落ちるかたちのままに凍りついています。


閑かです。


生命を感じるものは、何ひとつありません。

時間さえも止まったかのよう。

例外は。

ただただ降り続けている雪だけです。


一面。

真っ白な冬の世界です。


そんな白一辺倒な景色に。


少しずつ変化が現れてきました。

灰色だった空も、雲の切れ間から青空が見えるようになりました。

雪が降らない日もだんだん続くようになってきました。


そして。


ようやく春の訪れです。

暖かな太陽。

暖かなその陽射しが、降り注ぐように冬一面の世界を変えていきます。


陽射しが凍っていた滝を溶かし始めました。

音もなく静寂に包まれていた世界にも、時間が回りはじめたようです。

待ちに待った春の訪れです。


キラキラ、キラキラ。


凍った滝から溶け出た水滴が、陽の光を浴びて美しく反射をしています。


キラキラ、キラキラ。


あちこちで雪や氷が溶けていきます。

雪や氷が溶け出して、川にも流れが生まれてきました。


チチチチ、チチチチ。


軽やかな鳴き声とともに、色鮮やかな小鳥がやってきました。

まだ雪の残る小枝に小鳥が止まりました。


と。

小さなその重みで、上下に揺れる小枝。

慌てて飛び去る小鳥。

揺れたその小枝から、積もっていた小さな雪のかたまりが水面に落ちていきます。


ポチャン。


波紋が広がります。


その下では・・・。



時は少しさかのぼります。


秋の終わり。

もうすぐ冬が来るころ。

仲間からはぐれた鮭のたまごと、同じく仲間からはぐれたかえるのたまごが流れていきます。

そして別々だったふたつのたまごは、まるで意志を持っているかのように、寄り添って流れていきます。


ユラユラ、ユラユラ。


ふたつのたまごは川の流れを離れ、その奥にある流れの穏やかな淵にたどり着きました。

枯葉がベッドのようにふんわりと敷き詰められた場所です。

春が来るまで。

ふたつのたまごは、静かな世界の中で眠りにつきます。



◎ 第1章 初めの春

第2話 生まれるよ



ポチャン。


小鳥が水面に落とした雪のかたまり。

そのかたまりが起こした波紋が契機。


ふたつのたまごに、変化が訪れます。


ほぼ動かなかった鮭のたまごが、これまでと違った動きを始めます。


クルクル、クルクル。


たまごの中で何かが見えます。

右に左に。

ぐるぐる回転をしています。

たまごの中で、小さな生きものが動いているのがわかります。


クルクル、クルクル。

クルクル、クルクル。


その回転がだんだん早くなってきました。


そして。

今まさにそのとき。

鮭の赤ちゃんが、たまごの殻を破ろうとしています。


その動きにつられるように。


もうひとつのたまごも動き始めました。


かえるのたまごです。


このたまごの中でも、小さな生きものが動いています。


クルクル、クルクル。

クルクル、クルクル。


こちらもその回転が、だんだん早くなってきました。


たまごから産まれようとしている鮭とかえる。


クルクル、クルクル。

クルクル、クルクル。


クルクル、クルクル。

クルクル、クルクル。


ふたつのたまごが、さらに勢いよく回転をします。


そして。


パーンッ!

パーンッ!


ほぼ同時に。

たまごの殻を破って現れたふたつの生きもの。


ついに鮭とかえるが産まれました。



◎ 第1章 初めの春

第3話 はじめまして


隣りあわせで産まれた、ふたつのたまご。

鮭のたまごと、かえるのたまごです。

たまごから孵って最初に目にしたのは、目の前の生きもの。

違和感もありません。

だからお互いを家族や仲間のように思ったのかもしれません。


「きみはだれ?」


鮭の赤ちゃんがたずねます。


「きみはだれ?」


かえるの赤ちゃんもたずねます。


「ぼくは鮭」


「ぼくはかえる」


「かえるくん、なんかぼくと違うね」


「鮭くんも、なんかぼくと違うね」


生まれたばかりのふたりの赤ちゃん。

どちらのお腹もぽっこりとはしていますが、全体にちょっぴり違います。

鮭くんのぽっこりはより大きく、かえるくんのぽっこりは鮭くんほど大きくはありません。


「なんか違うね」


「なんか違うね」


いつしかふたりは自然に近寄り。


すりすり、すりすり。

すりすり、すりすり。


頬を寄せあいます。

そして、ふたり同時にこう言いました。


「おもしろいね!」


「おもしろいね!」


こうして姿かたちの違うふたりは、友だちになりました。



◎ 第1章 初めの春

第4話 亀じいさん


奥深い山にも、はっきりとわかる春が訪れました。

山一面を覆っていた雪も、そのほとんどが溶けました。

はだかだった木々もあざやかに。

緑が芽吹き、色鮮やかな花が咲きます。

虫が飛び、小鳥も歌います。


キラキラ、キラキラ。


陽射しが生む生命の躍動。

暖かな春の陽射しは、水の中にも届いています。


ユラユラ、ユラユラ。


流れに任せて揺れる水草は、風になびく柳のようです。

水生植物もまた春の躍動を見せています。

あちこちで多くの魚も泳ぎます。

よどみの落ち葉の中では、なにやら動いている水生昆虫の姿も見えます。


あのふたりはどうでしょう。


産まれたばかり。

鮭の赤ちゃんも、かえるの赤ちゃんも泳ぎが上手くありません。

広いよどみの中をふわふわと泳ぎまわります。

ぽっこりに栄養が詰まっていますから、お腹も空きません。


今日も流れの緩やかな川面を漂うように泳いでいると。


「おふたりさん、こんにちは」


大きな岩の上から声がします。

亀です。

亀がふたりに声をかけました。


「こんにちわ」


「こんにちわ」


「こんにちわ

お主らは鮭とかえるの子どもじゃな」


「うん、そうだよ」


「うん、そうだよ」


「ほぉ珍しいこともあるもんじゃ。

わしは亀じいと呼ばれておる。

もう永くここに住んでおるぞ。

なんでふたりはいっしょにおるんじゃい?」


「なんでって、いっしょに生まれたからさ」


「そうだよ。ぼくらは卵からいっしょにいるんだ」


「ほぉ〜。鮭の仲間やかえるの仲間といっしょじゃないんじゃな」


「仲間?よくわからないんだけど、ぼくらはふたりで生まれたからね」


「ふたりいっしょなんだよ」


「なるほどの。違う種族でいっしょなんじゃの。

鮭とかえるのふたりでいっしょか。見たことも聞いたこともない!

まぁそういうのもおもしろいかのぉ」


「ほっほっほ」


笑いながら、亀じいさんが言いました。


「わからんことがあったら、なんでも聞きにおいで。わしはたいがいここにおるからの」


「うん、わかった」


「亀じいさんは物知りなんだね」


「ほっほっほ」


「亀の甲より年の功と、人間たちも言うておったからの」


「亀の甲?」

「年の功?」

「う〜ん、なんだろう?」


ふたりには、その言葉の意味も、人間も何かはわかりませんでしたが、亀じいさんが物知りなことはわかりました。


「ほっほっほ」


ふたたび亀じいさんが笑いました。


「なかよく遊ぶんじゃよ」


「うん!」


「うん!」

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