第18話 魔王様、素敵です(2)

「松!!危ないから後ろに離れた場所へ移動しろ!!」

「はぁ⁇」

 魔王が剣を構えたことで、モブは臨戦態勢りんせんたいせいに入ったのだろう。突然、私に対して命令口調で言ってきたので、反発してしまった。

 やっべぇと思ったが、モブは真剣な顔のままこちらに振り返った。

「やっ……そのー、怪我すると危険だから後ろの方で見ててもらえるとありがたいなーって思いまして」

 先ほどとは異なり、丁寧な口調でモブが言ってきたので私は頷いて十歩くらい離れたところで見学することにした。

 まだ近いようなのか知らないが、魔王がモブに声をかけてモブがこちらに振り返った。

「もう五歩くらい離れて!!」

 なんて面倒な男達だろうか。私ははいはいと言いながら、五歩下がった。


『いくぞ!!』

「来い!!!!」

 剣と剣がぶつかり合い、カンッと良い音を立てながら戦いは始まった。

 力強い剣さばきをする魔王に対して、モブは何とか応対しているようだ。

 避け切れないときは上手く盾を利用して攻撃を防ぎ、足元を狙われたらジャンプして回避する。

 私には到底できない芸当だ。

 このまま戦わずに、二人で見世物をやった方がもうかりそうなほど白熱している。


『人間よ、やるな』

「へっ、魔王こそ。名前負けしねぇな!!」

 何かとても楽しそうに戦っている。戦いが始まって、もう十分以上かかっている。

 私がプレイした時は魔王なんて瞬殺で倒してしまうので、現実だとこんなに時間がかかるということに驚きを隠せない。

 そろそろ終わりにしてほしいのだが……

「……あれ⁇」

 私はふと思いだした。

 魔王戦の時、横から魔法攻撃をしてくるゼフの存在が憎らしいのだ。

 初めての魔王戦で、ゼフにボコられてからは耐魔法の道具や強化アイテムを探し回ったものだ。

 最終的に主人公は、どんな魔法も通さない鉄壁の要塞化し、ゼフを一撃で消し炭にしたのはとても良い思い出だ。


 私はゼフに視線を向けた。

『ヒィィィッ!!!!』

 何かしようとしていたのだろうか。変なポーズを取っていたゼフと目が合ってしまった。

 私にバレたのをよろしくないと思ったのか、ゼフは元の位置に戻った。

 首をブンブン横に振りながら、涙を流していた。

 ……どうやらこの世界のゼフは、情緒不安定なキャラのようだ。


『くっ……強いな』

 驚いたことに、魔王が苦戦しているようだ。

 慣れない片手剣と盾を使っているモブに負けそうなんて、実は魔王って雑魚ザコなんだろうか。

 そりゃあ、私がゲームで瞬殺するくらいだ。強くは無いのだろう。

「へへっ!!体力だけはあるからな!!」

 そう言って、モブは魔王の剣をジャンプして避けていた。

 もう三十分は同じことをやっていないだろうか。それなのにまだあんな避け方するなんて……

『ふん!!体力があろうと、もう先ほどの素早さは無いわ!!そんなんで我に勝てると思うなよ!!』

 そう言った途端、魔王城の世界が少しだけゆがんだ。

 魔王は体力が少なくなると、魔法を使ってくる。

 異次元魔法を使って空間を移動したり、空間内で闇魔法を使ってそれをタイミングよく飛ばしてくるのだ。

 苛々する戦法を使うので、早めに倒したいものだ。

「はっ!!素早さなら、こっちの手があるさ!!」

 モブはそう言うと、片手剣と盾を投げ捨てた。そして、素早く魔王の背後に入り双剣を出した。

「あっ馬鹿!!」


 ゴンッ


 魔王は私達に見えないよう背中辺りで魔法を生成している。

 どうやらモブはそれに当たったようだ。

 うっと小さな声をつぶやいて、モブは魔王に倒れ込んだ。

「あちゃー」

 私はおでこをペンッと叩きながら、戦いが終わったことに安堵あんどした。

 このままモブが勝ってしまったら、私の計画がつぶれてしまう。

 これで、魔王ルートへ行けるのだろう。

『えっ……あぁ……人間よ。お前も体力の限界だったのだろう。残念だったな』

 そう言って、魔王はモブを背中から押し飛ばして床に倒れさせた。

 どうやらモブは、完全に戦闘不能状態になっているようだ。


 ここからはあまりモブに聞かれたくはないので、ちょうどよかった。

 魔王にびを売って、魔王の嫁になってこの世界の人間どもを服従させるのだ。そんな話を魔王と語り合うと言うのに、モブに聞かれたらされてしまう。


 ……幻滅⁇


 いや、幻滅されても良いじゃないか。別にモブにどう思われたって、そんなの関係ない。気にするだけ無駄だ。

 そう、モブは明日那と同じ……友達みたいなものだ。

 だから、変な姿を見せたくないと言うだけでそれ以上でもそれ以下でもない。

 私が魔王の嫁になったあかつきには、モブを専属の執事にでもしてあげよう。

 この世界で私と仲良くしてくれたお礼だ。奴隷どれいになんてさせたりしない。


『さて、戦えるものはいなくなったようだし……ゼフ。コイツを牢屋に入れておけ』

 魔王はモブを踏みつけながら、ゼフの方を向いた。


 ――なんだろう……少しモヤモヤするな。


 私は営業スマイルで魔王の方を見ているが、徐々に苛々いらいらしてきているのがわかる。

『……ゼフ⁇』

 魔王が再度ゼフを呼ぶのだが、ゼフはモブのところへはやって来なかった。

 何をしているのだろうと、私はゼフの方に目を向けた。

『ヒィィィッッッ!!!!!!』

 ゼフは玉座付近まで歩いて来ていた。だが、私と目があった途端、勢いよくまた定位置に戻って首振り人形と化していた。

 ゼフは一人で楽しくだるまさんが転んだでもやっているのだろうか。お前の主である魔王が苦戦しながら戦っていたと言うのに、お前は壁とたわむれおって……


『はぁ……お前の敵を倒してやったと言うのに、まだそんな状態なのか。情けない』

 魔王はやれやれと言うように首を振りながら、右手をモブに向けた。

 そして、闇魔法を使ってモブを拘束こうそくしたのだ。

 その状態だと、モブが目覚めてもすぐに気絶するから丁度いい。流石さすがは私の夫の魔王だ。


『さて……お主は確か……異界の者だな』

 魔王は私に振り返り、ニヤリと笑みを浮かべてきた。

 やはり、これは魔王ルートだ。今まで見たいな事故物件どもとは訳が違う。

「はい!!松と申します。先ほどの戦いはとてもすごかったですー。もう魔王様、素敵ですー!!」

 できるだけ明るく、可愛い声で私は魔王に言った。目もキラキラと輝いているような気持ちで少し上目づかいで見つめた。


 一瞬、沈黙が走った。

 ……いや、幽霊でも走ってったのだろうか。何だよこの間はと突っ込みそうになったが、魔王が大笑いし始めた、

『先ほどまで敵だったと言うのに、素晴らしいほどの手のひら返しだ。気に入った!!』

「松はー、強い男が好きなんですー」

 昔、こんな感じの女子がいたのを覚えている。

 自分の名前を言いながら、語尾はいつも伸ばしてしゃべるのだ。後は謎のくねくねダンスをしていれば完成だ。

『ふふふっ、そうか。今日よりお前は我が嫁とする!!』

 魔王はそう言いながら、私にゆっくりと近づいてきた。

 私はその言葉に心の中で、ガッツポーズを決めた。

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