第17話 最後の戦いかそれとも愛か(2)

「……」

 私達は無言で森を歩いていた。

 最初、モブは私を守るように盾を構えて歩いていた。だが、一向に魔物が現れないのだ。

 魔物どころか鳥や野生動物、虫一匹の姿すら現れなかった。

「魔物いないね」

「……そうだね」

 未だに盾を構えて、頑張っているモブを見ながら私は空を見つめていた。


「んべっ!!」

 周りの木や草むらを見ていたら急にモブが立ち止まった。それに気づかなかったので、私はモブにぶつかってしまった。

 鼻が痛いと思いつつモブを見たら、モブは上を向いていた。

 私もモブと同じ方向を見ると、目の前に魔王城があった。

「……魔王城だね」

「……そうだね」

 私は魔王城の周りを見るが、魔物の姿は見当たらない。海岸から魔王城へ行くまで、魔物に出会うことはなかった。

 本当にここは、魔王城のある孤島で良いのだろうか。目の前に現れたお城も、もしかしたら魔王城ではなく廃城かどこかの国のお城だろう。

「とりあえず、入ろうか」

「おう」


 ギィィィッ――


 今にも壊れそうな音を立てながら、扉が開いた。

 魔王城内に入ると、中には小さなこんにゃくみたいな魔物、ウサギの耳を付けた大きなゴリラのような顔をした魔物がいた。

 どうやら、ここは本当に魔王城のようだ。


 魔物達は、私達の姿をみるなりぷるぷると震え始めた。

『アッアクマガキタゾォー!!!!』

『ニッニゲナキャー!!!!』

 ワーワーと騒ぎながら、魔物達は走って逃げて行った。

「……魔物が逃げてったね」

「……そうだね」

 魔物の姿が見えなくなるまで、二人して茫然ぼうぜんと立ち尽くしていた。

 魔物に逃げられるとはどういうことなのかわからない。だが、とりあえずは道なりに行けばいいだろうと城内を歩き始めた。


 多分こういう場合、お城の上階、豪華な装飾がされた扉の先が魔王の間だろう。とりあえずは階段を上りたいので、モブに階段を探そうと伝えた。

 城自体はそんなに広くない。だが、階段の位置が複雑すぎるようだ。

 入り口から歩いて奥まで行くと、階段があった。それを上ってまた歩くと、奥の方に次への階段があった。

 そんな感じに歩いている最中にも、コロポックルみたいな魔物や鹿のような魔物が現れては、走って逃げて行った。

 魔物達は何におびえて逃げるのだろうか。ゲームだと、どんなに弱い魔物でも逃げずに主人公と戦闘を行うのだ。

 だが、この世界にいる魔物達は大小強弱だいしょうきょうじゃく関係なく逃げて行ってしまう。

「なんか、ちゃちゃっと終わりそうだね」

「そうだね……いや!!最後まで気を引き締めなきゃダメだ!!」

 孤島に辿り着いてから一匹たりとも魔物と戦っていないと言うのに、どうしてモブは未だにこんな警戒することができるのだろうか。


『くっ!!とうとうここまで来てしまったニャ!!』

『ひっ!!く……来るニャ!!!!』

『こっこっ、ここは通さないニャ!!!!』

 豪華な扉の前に、小さな猫達が立っていた。

 私達が現れたことで、驚いてあわてながらも扉を守っているようだ。


 ――本来、魔王の間の扉を守る魔物はガーゴイル達が複数いるはずだった。


 ――また、魔王城内では罠や仕掛けがあって一筋縄ではいかないはずだった。


 だが、どうだ。罠や仕掛けは存在しない上に、扉を守るのは可愛らしい猫達だ。

 死の番人や魔の番人、悪魔とか隠しボスの堕天使とかがここで出てくるはずだったのだ。

 ゲームではそんな敵達と戦うことで、攻略対象とのイベントが発生したりするのだ。

 だが……あれか。攻略対象が誰もいないと魔物があわれんで戦わないってことなのだろうか。

 でも、それだと一つだけおかしいことがある。

 スペアードルートの時は、主人公は一人で魔王城に向かうのだ。その時ですら罠や仕掛けはあったし、隠しボスとも戦ったのだ。

「これは……バグか何かか⁇」

「バグ⁇」

 私が一人で考察をしていると、モブが私の独り言を聞いていたようだ。首を傾げながら私を見ている。そんなに首を傾げていたら首がってしまうだろうに。

「うん、まぁ気にしないで。とりあえず、行こうか」

『ニャニャニャ⁉』

『こっここは通さないニャー!!』

『はっ早く帰ってくださいにゃー!!』

 私が進もうとすると、涙ながらに猫達は扉を守るのだ。

「なんかさ、俺達が悪者みたいに見えるな」

 モブが苦笑いをしながら一歩も動かないので、私はため息をついた。


 確かに、無抵抗な魔物に対して攻撃するのは倫理りんり的によろしくない気がする。

 それなら、説得すればいいのではないか。


 私は猫達の前にしゃがみ込み、猫達ににこりと微笑んだ。まるで聖母のようなきよき心で猫達を見つめるのだが、先ほどよりもさらに震えがひどくなった気がする。

 ……そうか。魔物にとって『聖母』は、人間でいう悪魔のような存在と言うことか。

 どんなに可愛らしい見た目をしていても、所詮しょせんは魔物と言うことだ。

 それなら手っ取り早い。


「猫さん達⁇私達ね、その先にちょーっと用があるの。どいてくれる⁇」

『なっ何用ニャ!!』

『この先には何もないニャ!!』

『ごめんなさいニャー!!』

 せっかく私が優しく声をかけてやっていると言うのに、この猫達はかたくなに扉の前から離れようとしない。

「今なら、まだ何もしないであげるよ⁇今ならね」

『ひっ!!⁇……ダッダッダッダメニャ!!!!』

『ごめんなさいニャー!!』

『ニャー』

 少しおどしをかけたが、一匹だけまだ歯向かうようだ。後の二匹は泣きながら立っているだけなので、モブに言えばどかしてくれるだろう。

「今日は何の鍋が良いかな⁇」

『……ニャ⁇』

「そうねー。異世界なんだから、魔物の鍋も良いわね。初めて食べるなー魔物の鍋」

 そう言って私は猫達をどれにしようかと選ぶようにニコニコと微笑みながら見つめていた。

『ごっごめんなさいニャー!!』

『ニャー』

『ニャー』

 扉を守っていた猫達は全員泣き出してしまった。

 そのため、扉を守ることができなくなったようだ。私は良しと声に出して立ち上がった。

「……弱いものいじめは良くないぞ」

 めた目で私を見つめるモブに、私は少しムッとした。何もしなかったくせに文句もんくを言うなんて、お前はなんて酷いやつだと怒ってやりたい。

「でも、解決でしょ!!さ、猫達を扉の前から移動させて」

 私がそう言うと、わかったよとモブは言った。そして、一匹ずつ猫を扉の前から移動させた後、泣き止まそうとあやし始めるのだ。

「もーっ早く行くよ⁇」

「……あぁっ、わりぃ。じゃあ、ごめんな」

 そう言って私達は最終決戦となる魔王の間の扉を開けたのだ。


 この戦いが最後の戦いとなるのか、それとも魔王との愛を深める魔王ルートになるのかはわからない。

 ここまでゲームのシナリオと内容が異なっていたら、どんな感じになるかはまだわからないのだ。

 もし、魔王がおじいさんになっていたら……パパっと封印して帰るしかないな。

 ゆっくりと扉を開きながら、私はそんなことを悠長ゆうちょうに考えていた。

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