第3話 優しい王様(2)

「さて、松子よ。お主にはこの世界について、話をせねばならぬな」

 王様はひげさすりながら話をし始めた。


(この世界のことはゲームで知ってるから!!)


 叫びたい気持ちを胸に押し込めて私は、手をスリスリと合わせながら営業スマイルで王様に頭を垂れた。

「へぇ、よろしく頼んますー。有り難いですやー」

 気持ちは悪代官に賄賂わいろを渡してヘコヘコする悪徳商人だ。それか、社長にごまをする課長だろう。

 ここは小さな島に存在するサンマール国だ。

 国の周りには、城下町が一つと小さな村や山賊さんぞくなどのとりでが両手で数えられる程度しか存在しない。そんな小さな島には、大きな山と小さな森が存在する。

 大きな山の名前はエリターナ山と言う。頂上では、ゲームクリア時に主人公が帰還するための儀式を行う祭壇さいだんが存在する。そのためだけに存在するため、基本的に人は立ち入らない。そのせいで魔物が大量発生し、日中の時間帯でも、山道を魔物が普通に歩いているくらい危険な山となってしまったのだ。

 小さな森は魔の森と呼ばれるが、ここに魔物はあまりいない。それは、山賊の拠点となる砦があるので、山賊が魔物を狩ってしまうためだ。そのため、日中の時間帯でも、堂々と山賊が道を歩いているのだ。なぜ取り締まらないかは謎だが。この森の奥深くには、神の眠るほこらが存在するのだ。異界の者や神に認められた者のみ、この祠に訪れることが許されているのだ。祠で神と対話できた者には、神から特別な力を与えられるのだ。要はチート能力だ。

 そして、異界の者が召喚されたということは、この島国の近辺にある孤島、そこに封印されていた魔王が復活したということだ。

 魔王を再び封印するには、四つのクリスタルが必要となる。そのクリスタルは、島を囲うようにそびえ立っているのだ。もし、クリスタルを使用した場合はまたこの場所に戻ってくるのだ。その仕様は、まるで伝書鳩のような……私のような存在なのだ。会社と家を行き来しかしない我が人生を『クリスタルマッツー』と呼んだところ、明日那から失笑されたのを覚えている。

 ちなみに、ゲームの主人公が異界の者として登場した場合、二つの選択肢が存在する。

 一つめは魔王退治のルートだ。攻略対象によって内容は様々だが、基本的には攻略対象とイチャイチャしながら魔王を封印しに行くのだ。魔王からすれば、毎回毎回溜まったもんじゃない気がするけど、魔王も隠し攻略キャラだから好敵手ライバル同士の戦いでいいのかも知れない。

 二つめは逆ハーレムルートだ。これは全員の攻略イベントを全て回収した状態で最初から始めると、低確率でこの逆ハーレムルートがスタートするのだ。このルートで違うのは、最初に牢屋へ入れられないことだ。

 つまり、私が魔王退治ルートに突入しているのは確実なのだ。だがゲームと異なる点がある。それは、攻略対象であるリクルンによるゲーム世界の説明ではなく、王様による説明なのだ。髭をモフモフしながら、延々と語る王様にヘコヘコする私だが、そろそろ限界だ。飽きてきたのだ。

「ホッホッホッ。儂も若い頃は、魔王を倒すべく剣を振り回しておったものよ」

 国の説明と言いつつ、昔の自慢話に脱線して小一時間……いつ話が終わるのかとイライラしてしまう。本来なら、ここでリクルンに説明を受けつつ誘惑されるはずだったのに……何が楽しくて、爺さんの昔自慢話を聞かなければならないのだろう。

「魔王を見つけた儂は、騎士団へ行けー!!と掛け声をかけたのじゃ。ホッホッホーッ」

 その言葉に、周りにいた騎士達は一斉に拍手と歓声を上げ始めた。人によっては感動の涙を流す阿呆な騎士もいた。どこら辺に感動するところがあっただろうか。

 王様の話を聞いた感じ、魔王が怖くて剣を振り回してただけじゃないのかと思う。それに、魔王を見つけて掛け声って……ただ単に怖くて、騎士団に特攻させただけではないかと深読みしてしまう。

 私の頭の中が分かってしまったのか、それとも顔に書いてあるのか分からないが、突然王様の表情が険しくなったのだ。

「……お主、儂の話を疑っておるな⁇」

「ひえっ⁉そんなことは無いでござんす!!!!」

 私は慌てて手を振るが、じっっっと睨まれているのだ。徐々に顔や背中からも汗が垂れ始めていた。

「ふむっ……ならよい。松子よ!!これよりお主は魔の森へ向かうのじゃ!!魔の森の最深部にある神の祠にて、神より力を授けてもらうのじゃ!!!!」

 そう言うと、王様は右手をちょいちょいと動かした。すると、横から騎士が袋を持ってきたのだ。

「なに、儂は心の広い王様じゃ。まだこの世界に来て、何もわからない状態のお主に我が国のを授けよう。これで武具を揃えて向かうとよい。場合によっては……」

 王様の言葉よりも早く私は王様の前に辿り着いた。リクルンだと金貨なんてもらえないのに、王様だと金貨がもらえるなんて……いくらくれるのだと、口から涎が出そうだ。目はキラキラしながら、王様の横にいる騎士の袋に釘付けになった。

「ひゃっはー!!王様ばんざーい!!最高ですやー!!」

 騎士達が騒ぎながら私に近づいてきているが、私は気にせずに袋に手を伸ばしてグッと掴んだのだった。


「……」

 誰かの声がするのだ。

「……つ!!……て!!」

 何だろう。聞いたことのある声だが……わからない。そう言えば、なぜか金貨を掴んだ途端、視界が真っ暗になったのだ。

「起きて!!起きてよ松!!!!」

 その言葉に私はハッと目を覚ました。辺りを見渡すと、私は会社にいるのだ。私の肩を掴む明日那と、青い顔をした明日那旦那が私を見ていた。

「……あれ⁇戻ってきた⁇」

「あんた……とりあえず、それ……戻しな」

 明日那はため息をつきながら、私の腕をトントンと軽く叩いた。私はゆっくりと手の方に視線を移動させた。

 手には金貨の入った袋ではなく、カツラがあったのだ。

「……あっ⁇」

「……起きたかね⁇」

 私がカツラを見つめていると、下から声が聞こえてきた。先ほども聞いていたような声な気がするのだ。

 恐る恐る下に視線を下げると、そこには輝く頭の課長がいた。般若のような顔で私を睨む課長に、私は何か言い訳をしようにも思いつかないのだ。課長の説教が始まる前に言わねばならないと、私は白状したのだ。

「……違うんです。カチョー。これは……財宝だったんです!!金貨袋なんです!!!!」

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