中等学院編

第3話 ある少年の栄華と転落

 いつからだろう?


 いつから、こんなことになったんだろう?


 幼いころ、俺は皆の中心だった。


 誰よりも運動できて、いつも俺は皆のヒーローだった。


 周りの男の子たちと一緒に剣術を習い始めたときも、俺は常に一番だった。


 そんな俺に、魔法使いとしての適性があった。


 剣術もできて魔法もできるなんて凄いと、周りの皆は褒め称えてくれた。


 さらに、その魔法使いの中でも一握りしかいない、他人の身体に干渉できる魔力を持っていることが分かった。


 それは即ち、治癒魔法が使えるということ。


 剣術は一番で、魔法も治癒魔法も使える。


 周りの大人たちは、俺のことを『神童』と呼んだ。


 俺は、完全に浮かれていた。


 世界は、俺を中心に回っていると、本気でそう思っていた。


 それが崩れたのはいつだっただろうか?


 初等学院の五年生のとき、幼馴染みの女の子であるエマ=ウォルシュに魔法で負けた。


 魔法の優劣は、お互いに魔法をぶつけ合うのは危ないので、起動の早さやどれだけ強固な的を壊せたかで競う。


 俺は、エマにその両方で負けた。


 そのときのエマの言葉と表情が、俺は忘れられない。


『やっと勝った! ようやく追い越した!』


 そして、俺に向かって勝ち誇った顔を見せたのだ。


 周りの子たちはエマに最大限の祝福を送り、そして、俺を見て嘲笑った。


 そのとき、自分の思い違いを悟った。


 俺は、皆のリーダーのつもりだった。


 自分の力をひけらかしたりしなかったから、皆に慕われているものとばかり思っていた。


 けど、違った。


 俺は、皆に疎まれていたんだ。


 自分自身ではそんなつもりはなくても、無意識に皆を見下していたんだ。


 皆は、それを感じ取っていて……だから俺に勝ったエマを褒め称え、負けた俺嘲笑うような視線を向けたんだと。 


 その事実があまりに悔しかった俺は、またエマを逆転してやると魔法の練習にのめり込んだ。


 しかし、一度付いた差はどんどん広がるばかりで、その日以降、俺はエマに勝つことができなくなった。


 そんなことをしているうちに、今度は初等学院六年生のとき同じく幼馴染みの女の子であるステラ=レピオスに治癒魔法で追い越された。


 彼女は、俺が治癒しきれず諦めた患者を、いとも簡単に治癒してみせた。


 人の治療に関わる治癒魔法で勝った負けたというのが不謹慎なのは分かっている。


 けど、エマに引き離される一方だった俺は、ステラにまで追い越されたことが、物凄くショックだった。


 そして中等学院生になり、とうとう剣術でも幼馴染みであるケイン=アボットに負けた。


 完膚なきまでに一本を取られた。


 革製の防具を身に付けているとはいえ、思い切り木剣で胴を打たれ、激しい痛みに耐えきれず悶絶していた俺が朦朧とする意識の中で見た光景は……あのときのエマと同じく勝ち誇った顔のケインと、ケインを褒め俺を見下す周囲の人間の顔だった。


 そして……。


「なにが神童だ。なに一つ一番じゃねえじゃねえか」


 初めて、直接そんな言葉を投げかけられた俺は……。


(ああ、やっぱり、俺は嫌われていたんだな……)


 そんなことを思いながら意識を手放した。


「はぁ……」


 俺は、中等学院に向かう通学路を歩きながら過去のことを思い出し、思わず溜め息を吐いた。


 ケインに負けたあの日から、俺はなに一つ一番ではなくなった。


 足掻いても足掻いても、一度付いた差は縮まることなくどんどん広がっていく。


 なんでこんなことになったか。


 その理由に、俺は心当たりがある。


 というか、こうなるのは当然の流れだったのだ。


 俺は、中等学院の剣術クラブと魔術クラブの両方に在籍しており、日替わりで参加している。


 さらにクラブが終わったあと、治癒魔法の練習とアルバイトのため病院にも顔を出している。


 しかし、エマは魔術クラブ、ケインは剣術クラブ一本で毎日訓練している。


 クラブが終わったあとも、自主的に居残って練習をしている。


 エマは実家が病院なので、毎日学院が終わるとすぐに家の手伝いとして治療院で治癒を行っている。


 要するに、俺とケインたちとでは練習量が違うんだ。


 俺は二日に一回魔術クラブと剣術クラブに参加するが、エマとケインは毎日参加している。


 治療院にはほぼ毎日顔を出しているが、各クラブが終わってから。


 ステラは学院が終わると同時に家に帰っているし、実家が病院なので院長である父親から医療の知識を教えて貰っている。


 毎日集中的に訓練をしている三人が、全部に少しずつ参加している俺を追い越していくのは当然だったんだ。


 じゃあ、どれか一つに絞ればいいのかと思うがそれはもうできない。


 俺がどれか一つに絞るということは、それ以外を切り捨てるということ。


 今まで剣術を教えてくれた人たちを、魔法を教えてくれた人たちを、治癒魔法を教えてくれた人たちを、切り捨てることになる。


 そんなこと……今更できない。


「はぁ……」


 もう、どうすればいいのか分からず、俺は再び溜め息を吐いた。


 俺はもう十五歳で今は六月。


 七月末で中等学院は卒業だ。


 まだ、進路は決まっていない。


 今月末に士官学院の選抜試験があるが、それに合格できるとも思えない。


 そうなると、地元の騎士団か魔法兵団に一兵卒として入るか、それとも他の道に進むか決めないといけない。


 俺の将来は、まるで靄がかかったように不明瞭だった。


 と、自分の将来を悲観していると、不意に周囲に影が差した。


 ハッとして空を見上げると、その視界に壮大なものが映った。


 浮遊島。


 ヒト族の守護者である神族の住まう居住区であり、要塞であり、神聖不可侵の島。


 神族たちは、こうして世界中を浮遊島で巡行しており、世界に異変がないかどうか見て回っている。


 今日がうちの街の巡行日だったんだな。


 すっかり忘れていた。


 ぼんやりと浮遊島を眺める俺の周りでは、浮遊島に向かって祈りを捧げる人が大勢いた。


 神族はヒト族の守護者。


 正体不明の脅威である妖魔の蔓延るこの世界で、街が妖魔に襲われないための魔道具をヒト族に与えた存在。


 世界中のどこにでも自然発生する妖魔だが、人の住む街の中ではその道具があるために妖魔は発生しない。


 神族の強い勧めで人々に教育が施され、魔道具の発展が進んでいる現代においても、どのような原理で妖魔を退けているのか不明な魔道具を与えてくれた神族を、俺たち羽のないヒト族はまさに神のように崇めている。


 そんな神族の住まう浮遊島を、壮大で荘厳で世界中の人々から畏怖と尊敬を集める輝かしい存在を……自分の不安定な将来と比べてしまい、そのあまりにも大きな差にさらに陰鬱な気分になってしまった。


 ゆっくりと街の上空を横断する浮遊島を、そんな陰鬱な気分でボンヤリと眺めていたからだろうか、不意に声をかけられた。


「なに間抜け面してんのよ」


 急にかけられた声に驚いて声のした方を見ると、そこにいたのは。


「こんな往来でボンヤリ立ち止まらないで」


 気の強そうな顔で俺を睨む、エマ=ウォルシュだった。

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