第39話 ひとめぐりして

 商店街は、七夕祭りの準備でふわふわと楽しげな雰囲気を出していた。店の軒先に壺を置き、竹笹を入れ、折り紙で飾り付ける。真緒の店、九十九やの玄関先の竹笹にも、鮮やかな飾りがつけられていた。

「真緒、やっぱ画鋲よりマステの方が跡残らないしいいよな?」

「そうねぇ、なるべく棚は傷つけたくないからそうしてくれると嬉しいわ」

「真緒、輪っか飾りは上から垂らした方がいい?」

「ん〜、棚の横板に沿ってつけた方が可愛いかも」

 2人の中学生の男の子が、店内の飾り付けを行っていた。お揃いのカーゴパンツのポケットから飾りを出し、色違いのショルダーバッグからマスキングテープとハサミを取り出して器用に飾り付けていく。

 3件隣りの食堂すみよしやの女主人、茜の息子、15歳の真斗まなとと、14歳の優斗ゆうとだ。自分たちの親の店の飾り付けもそこそこに、真緒の店を飾っている。

「真緒の店は余白いっぱいあるからな。いっぱい飾れる」

「真緒、この提灯飾り、そっちの箪笥に乗っけたら可愛くね?」

 母親の茜が何度注意しても、真緒を「真緒」と呼び捨てにする2人は、真緒が大好きだった。初恋の相手は誰かと聞かれたら、2人揃って真緒と言うらしい。

 2人ともなかなか整った顔立ちをしており、女子生徒の間で人気らしいのだが、告白されても断ってしまう。理想が高いのか、未だ真緒に執心なのか、茜の悩みの種のひとつであるという。

「そうね、可愛いかも」

 そう言って真緒は優斗から提灯飾りを受け取り、階段箪笥に鎮座している山神の張子の一つ下の段に飾った。

「綺麗にできてるね。これ優斗くんが作ったの?」

「いや、それはかーちゃんが作った。ばーちゃんかな? どっちかの」


「お前らまだいたのか。茜おばさんが呼んでたぞ」

 のっそりと長身の青年が九十九やに入ってきた。薄茶色の髪をタオルで隠すように結んでいる。

和兄かずにい

「あれ、お寺に行ったんじゃなかったの?」

「お寺の仕事は終わり。檀家さんからスイカもらったんでお裾分けしてもらったんだ。お前らの家にも配ってきたから、食べてこい」

「それは?」

 真斗が青年が手にしているビニール袋を見た。大ぶりのスイカがふたつ、それぞれビニール袋に入っている。

「これはお社さまの分とウチの分」

「どんだけもらったんだよ」

「全部で6個」

「え、それ持ってあの石段登り降りしたの? つええー」

 真斗と優斗はひとしきり感動した後、スイカ食べてくる、と真緒に言い残して駆け足で去って行った。

「いつも入り浸ってるなー、あいつら。真緒姉ちゃんもビシッと言えばいいんだよ」

「好意を断るのは結構疲れるのよ?」

「大人になったとき恨まれるぞ?」

「それは私のせいじゃないもん」

 私、あの子たちの生まれる前から人妻だもん、と真緒はむくれた。そういう顔するから真緒姉ちゃんはあざといんだよ、と青年─田代和彦─は言った。


「真紀さんとまどかちゃんは元気だった?」

「うん、元気元気。真紀おばさんと一緒になってスイカ4分の1平らげてた」

 まどかは12年前、真緒があやかしの夜市に迷い込み、お焚き上げをした日に妊娠がわかった娘である。今は学校に通いながら、母親の手伝いをしている。あのときは普段冷静な顕星も慌てて、大騒ぎになった。

 人外が見える目を持つ父・顕行と、兄・顕星に続き、まどかもまた、見えざるモノを見抜く目を持って生まれた。

 まぁあの親子の教育があれば、まどかもそうそう変なあやかしに惑わされないだろう。ささやかながら真緒も毎年魔除けのお守りを作ってまどかに渡している。真緒おねえちゃんのお札は文字が細かいのね、とお守り袋越しに言われたのは想定外だったが。


「和彦くん、今年の夏休みの予定は決まったの?」

 高校3年生である。泣いても笑っても人生の半分くらいが決まる時期だ。

「お盆まではお寺さん手伝って、明けたら自動車の合宿に行く。やっぱ免許持ってた方が有利だしな」

 あとは親父に社会人としての心構えみたいなのを聞くくらいかな、と提げているスイカをちらりと見た。

 和彦の髪は薄茶色だ。この10年で成長と共に一気に色が抜けてしまった。狸のあやかしの中でも明るい色合いで、母親の美代の系統らしい。

 だが、人間社会では染めたと思われてしまい、学校でも度々指導され、成長と共に色が抜けた証拠として小さい頃からの写真を持ち歩いている。そんな髪色の和彦をお堅い企業が採用するはずもなく。

 和彦は鉄道の職員の夢を諦め、自動車の整備士として働くことにしたのである。来年から、地元で大手メーカーのディーラーにも信頼の厚い整備会社で見習いとして働くことになっている。

「電気自動車もガソリン車も両方弄れるのが理想だよなぁ。まずは共通部品を覚えて、それから個別の車種の部品を覚えるんだってさ」

 幸い人柄の良い社長に気に入られたらしく、面接でも社内と工場を案内され、いろいろな部品を見せてくれたらしい。元々乗り物が好きな和彦は、瞬く間に自動車の魅力に惹かれてしまった。

「都心とかに出れば、髪の色なんて気にしない企業はいっぱいあるよ?」

 真緒は外見だけで─人外ともばれていないのに─差別されて弾き出された和彦を案じていた。これから何度髪の色で不当な扱いを受けるだろう。

「いいんだ。オレ地元で働きたいって思ってたし。それに、るみちゃんが帰ってきたとき、オレがいなかったら寂しい思いさせちゃうだろ?」

 真緒はひゅっと小さく息を吸った。ああ、この子の心はまだあの台風の日から止まったままなんだ。

 そう思うと切なくなり、真緒はそっと和彦を抱きしめた。レオンおじさんに叱られるぞ? と和彦は笑ったが、その声はどこか寂しげだった。


「工藤のおじさん、今育休なんだっけ? 親父が仕事が増えた〜ってぼやいてたけど」

「うん、でも3人目だからだいぶ慣れましたって聞いたよ」

 工藤と琴音は無事に結婚式を挙げ、琴音は6年、不動産屋の受付をした。その間に1人目、2人目が生まれ、今回の3人目はさすがに手一杯になるので、と退職届が出された。近所のママ友や大学の研究所帰りの友人がやってきては、一緒にご飯を作って食べたり、子どもの世話を手伝ってくれていたので、工藤の仕事が長引いても、そんなに困らなかったという。

 それでも、工藤が時短や育休を取得して子育てをしてくれたことが、琴音にとって法外の喜びだったらしい。


 子どもは苦手って言いながら私よりうまくあやすんですよ。


 琴葉ことは正嗣まさつぐ隆嗣たかつぐと名付けられた3姉弟は、すくすくと元気に育っている。真緒も何度か遊びに行った。工藤にも琴音にも似ていて可愛らしいことこの上ない。いずれこの地域の人狼のまとめ役としての任を負うのだろうが、今はただただ、愛おしく育っている。


「市村役員〜、お仕事中失礼します〜」

 店の引き戸がからりと開いて、スーツ姿の若い女性が顔を出した。

「あら、安達さん」

 琴音の代わりに入った受付の安達と、背後に老夫婦がいた。確か付喪神の花生けがあった家の主だったか。家を建て直す際に花生けを道具屋に売り払おうかどうか迷っていたところを、真緒が花生けの意見を聞いて引き止めたのだ。

「わざわざこちらまでいらっしゃって、何か不手際でもございましたか?」

 真緒は帳場から降りて安達と老夫婦を迎えた。

「いいえ、もう一度お礼を言いたくて、ご無理を言って案内していただきました。あの花生けは祖母、母の形見。年始を飾るときしか使われなかったのですが、今後は華道をたしなむ妻や孫に、毎月生けてもらおうと思っております。あの花生けが我が家族の元に残りたいという言葉を伝えていただきまして誠にありがとうございます」

 老夫婦は深々と頭を下げ、どうかお召し上がりください、と情報誌でも取り上げられたことのある地元の銘菓を差し出した。

 ありがとうございます、と真緒は菓子を受け取り、ではこれで失礼しますと、徒歩で帰ろうとする老夫婦を引き留め、安達にタクシーを呼んでもらって家まで送らせた。


「これ、会社のみんなで食べてください」

 真緒はもらった菓子折を安達に渡した。安達も心得たもので、中身が傾かないよう、底の大きなエコバッグに恭しくしまう。

「かしこまりました。役員の分はちゃあんと残しておきますからね」

 安達は満面の笑顔を見せ、そこでようやく和彦の存在に気づいたらしい。あら、イケメン、との呟きに真緒は田代さんのご長男の和彦くんですよ、と紹介した。

「えっ、田代さんこんな大きなお子さんいらしたんですか? 受付をしてます安達夏実です。以後、お見知りおきを」

 安達は社会人の型通りのお辞儀をした。和彦はよろしくお願いします、とぎこちなく頭を下げる。


 和彦の耳が、ほんのり赤くなっているのを、真緒は見逃さなかった。

 台風の日の心の傷は、近いうちに癒えそうだ。

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