第33話冴えない大学生の真っ向勝負

 それから数日が経ち、八月の第二週。

 俺は夏のうだるような暑さとは裏腹に、ひやひやしながら待ち合わせ場所である公園の中央に突っ立っていた。

 そこら中から聞こえてくるセミたちの大合唱でほとんどの音がかき消されるなか、ふとジャリっという足音が近づいてくる。

 反射的に肩が跳ねた。


「いやあ、かなり緊張してるね」


「当たり前だろ......」


 今日が作戦の決行日だというのに、足音の正体、小幡はあまりにもいつも通りだ。

 というか、あまりにいつも通り過ぎて本当に今日やるのか一瞬分からなくなった。


「――さあ、いよいよだね」


 しかし、そう切り出されてしまえばもう誤魔化しはきかない。


「じゃあ、いこっか」


 そうして俺たちは赴くのだった。

 決戦の地へ。


 ***


 時刻は午前十一時。

 現在位置は大学構内のグラウンドのわきにある部室棟の一角。

 日陰のひんやりとした空気に包まれながら、俺はひとり深呼吸で心を落ち着かせる。


『――私の考えた作戦、それは優馬とサシで話して誤解を解くことだよ』


 つい先日、小幡からこの作戦を提案されたときのことを思い返す。

 初め聞いたときは困惑した、というか今でもこの作戦でほんとにいいのか迷っていたりする。......いや、ぶっちゃけ言うとダメだと思ってる。


 だがここまで来た以上やり切らずして終わることはできない。

 遠くから近づいてくる足音の群団に一瞬肩に力が入るが、それは手前で切れていく。


「ふぅ......」


 落ち着け俺、小幡の話じゃもう少しかかるって言ってただろ......。

 夏の暑さ以外の理由で汗が止まらないことを自覚しつつ、細く息を吐く。

 今回の作戦内容はシンプルそのもので、いまここでなにか特別な準備をする必要はない。小細工なしの真っ向勝負。それが小幡から持ち掛けられた作戦だった。


 ただ、なにも丸腰で臨もうというのではない。

 いまだに木村がどうして俺たちに攻撃を仕掛けてきたか明確な理由はわかっていないが、それでも木村を説得するに足るだろう材料をかき集めてきた。

 そいつはもう事前に頭に叩き込んであるし、あとは本当に、俺次第。


 こういう時、漫画やらアニメやらのキャラクターはどんな心境で待つべきなのだろうか。

 いやはや全く分からん。なんたって俺、フィクションの住人じゃないしな。

 ......とまあ、そんな愚にもつかないお道化を演じてみてもむしろ緊張は増すばかりである。やるんじゃなかったと後悔してももう遅い。


 ――ふと、ビュウと吹きつけて来ていた風がやみ、セミの鳴き声が遠くなる。


 そのせいで聞こえないふりをしていた鼓動の音がしっかり耳に届き、ついでに遠くからゆったりとした足音が近づいてくるのもわかった。

 このタイミングで? と最後の強がりをこぼして、フッと鋭く息を吐きだす。

 そして、


「――あ? なんで佐伯クンがここにいんの?」


 俺は、因縁と対面するのだった。

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