第30話冴えない大学生は振り返る

「それで、今後のことってのは俺たちの関係の誤解をどう解くかってことだよな?」


 俺が姿勢を直しつつそう訊くと、小幡は大きくうなずいた。

 現在、クラス全体としては小幡が俺を本心でフッたかどうか真偽をつけがたい状態で、いまだに俺たちの関係を疑っている連中が多い印象だ。

 そいつらの誤解をどうにかして解くことが今後の課題だろう。


「うん。――だからまずは現状の把握からだね」


 小幡はそう言うと、俺がそこらへんにほっぽり出していたバッグを手繰り寄せルーズリーフと筆箱を取り出した。

『使ってもいいよね?』的に首を傾げられたのでうなずいて返しておく。


 ......まあ、ここでダメっつっても聞かないんだろうけどね。

 そんな俺の考えなどいざ知らず、小幡はカチカチっとシャーペンをノックするとクルリと一回転させた。


「じゃあはじめに、今回の件がどうやって起こったのか書いていくよ」


 ルーズリーフの上をスラスラとペンが走る。

 女の子らしい丸みを帯びた文字でつづられるのは、振り返りたくもない今までの簡単な経緯だ。

 スタートは俺が木村に突っかかったところから始まり、最後は人前で俺が小幡にフラれるところにつながる。


「――だいたいこんな感じかな」


 ほどなくして小幡が顔を上げる。

 その手元に目を落として、思わず自分の表情筋がこわばるのが分かった。


「じゃあ確認していくよ」


 ......ちょっと、なんでそんなずんずん進んでくの。ゆっくり行こうよ?

 しかしそんな俺の制止もむなしく、小幡は一つ目の項目をシャーペンで指した。


「はじめは佐伯が優馬に喧嘩を売ったやつだね。結構前のことだけどよく覚えてるなあ。あれ以降優馬、かなり佐伯のこと気にしてたんだよね」


「べつに喧嘩売ったつもりはないんだけどな......」


「そうなの? 優馬は『なんか急に後ろの陰キャがキレてきたwww』って言ってたけど」


 陽キャって実際はそれなりのフリがあってもまず『急に』って付けるよな......。しかも、今回の場合だとほかの班人間からしたらそう見えたとしてもおかしくないので質が悪い。

 てか無駄にモノマネ上手いのなんなんだよ、ちょっとあの時のこと思い出しちゃっただろ......。


「ま、今はそれは横に置いとくとして――それで次は、一気に進んで私が佐伯の部屋に入ってくのを見られたところだね。そこまでもSNSで陰口投稿したり、サークルの先輩に『うちの学科にすごい陰キャいるんすよwww』って吹聴して回ってたりいろいろしてたけど、今回の件に関係するのはやっぱり見られちゃったところかな」


「おい待て。途中俺の知らない、情報入ったんだけど? なに? 最近違う学部のやつからも変な目で見られてる気がしてたのって、まさかそのせいだったりするの?」


 しかもサークルってことは先輩にも俺の悪い噂流れてるってこと?

 そうなると俺もう大学行けないんですけど?


「そうだけど......でも、今回はそれもまとめて誤解をといちゃえばいいんだよ!」


 一瞬後半の勢いに圧されて初めの『そうだけど』の存在を忘れそうになったが、いや、そうなんだ......。

 しかし、小幡の言うことも正しいっちゃ正しい。というか、現状そうするほか手がない。じゃなきゃもうマジで大学行けない気がするしね!


「まあ、そうだな。――それで最後は、小幡が俺をフッて大々的に恥をかかせた、と」


「............うっ」


「ん、どした?」


 顔を上げると小幡の表情が今まで見たことないくらいゆがんでいた。笑顔と困り顔の中間のような何とも言えない表情をしている。

 俺は自分のセリフを思い返して......あ、なるほど。


「ま、もう終わったことだろ。今頃気にしてもしょうがねえよ」


「......そう、かな?」


 小幡は上目遣いでそっと俺の様子を伺う。


「てか、さっき自分で言ってただろ。それもまとめて誤解を解けばいいんだよ」


「......それもまとめて、誤解を解く」


「そうそう」


 たしかにあれは俺にとっても衝撃的なイベントだった。もはやトラウマと言ってもいい。

 でもまあ、いまはこうして仲良くしてるわけだし、その傷が癒えつつあるのも確かだ。

 まだ完治というわけにはいかないが、いつかそう遠くない未来には大丈夫になるのだろう。

 俺はすっかり意気消沈してしまった小幡の代わりに、パンッと手を打って場を仕切りなおした。


「でまあ、そんな感じな現状をどう攻略していくかって話なんだよな......。――なんかいい案あるか?」


「丸投げなんだ......」


 仕方ないだろ。今のところわかったことは現状がかなり面倒くさいことになっているということだ。

 というか、俺にはもう詰んでいるようにしか見えない。


「......まあ、一応あるけど」


「マジかよ、どんなのだ?」


「えっとね、今回は優馬が私たちの関係を誤解してるところからはじまってるわけだから、そこをなんとかすればいいのかなって思ってる」


「......なるほど」


 ズレが生じた根本を正すことで、そこから派生して他のズレも直っていく。おそらくそれは正解だ。

 だが一つ、今回に限っては問題があった。


「ひとつ聞きたいんだけど、いいか?」


「うん? どしたの?」


 小幡の解決策を実行するにはまず木村がどんな勘違いをしているか知る必要がある。

 そうすることで初めて誤解をどう解くかの作戦が立てられるわけで、そもそもそこ外していたらすべてのが水の泡だ。


「小幡さんは、木村がいまどんな誤解をしてると思ってる?」


「え? そんなの、私と佐伯が恋愛関係にあると思ってるんじゃないの?」


 その返事を聞いて、俺はほっと息を吐く。

 たしかにあの時の木村の質問内容をそのまま受け取れば、あいつは俺たちの間に恋愛関係があると誤解していたように聞こえる。


 それにあの時、木村は小幡の返事に終始訝しむような反応を見せていた。それは小幡が俺を拒絶した時のセリフでも変わらない。

 ......でも、おそらくそれは『フリ』だけで、本心はもっと別のところにある。


「これは俺の予想なんだけど。――多分、木村は俺たちがそういう関係じゃないってのは、はじめから分かってたんだと思う」


「え? どういうこと?」


 小幡は意表を突かれたように目をぱちくりとしばたたかせた。

 こいつの目線から見れば、木村はまだ自分と俺との関係を疑っているのではないかと考えていてもおかしくない。

 しかしあの時、おそらく俺だけに向けられたあの視線には明らかな『悪意』が見て取れた。


「実はな――」


 そして俺はそのことを説明し始める。

 当時の木村の表情から察するに、あいつは大方のことを分かったうえで小幡に質問していたこと。

 そうすることで望む返事を、俺との関係を切り捨てるような発言を引き出そうとしていたことを伝えた。

 俺がすべての説明を終えると、小幡はひどく困惑したように何度もまばたきを繰り返す。


「じゃあ、優馬が私に佐伯とのこと質問したのって......」


「十中八九、小幡を使って俺に人前で恥をかかせたかったんだろうな」


 べつに裏でこそこそやってもよかったはずだ。

 あえてあの場を選んだということは、きっとそういうことなのだろう。


「......でも、なんでそんなこと?」


「それは小幡さんがさっき言ってた、木村が俺のことを気にしてるってやつだ。それ以外にもなんかあるかもしれんけど」


 小幡はさらに困惑したように眉を寄せ口元を覆う。

 ......しかし、そうなるといま小幡がグループ内で距離を置かれているのは妙だ。

 俺を貶めるために小幡を使ったのなら今頃『あんな奴と一緒に居てもつまんないっしょ』と仲良くしてしかるべきである。

 だが現状、小幡はグループの中で少し浮いている。

 ......。


「......もう一個いいか?」


「なに?」


 小幡はすこしげんなりした表情になっていた。

 少し気を遣おうとも考えたが、これはひとつ聞いておかなければいけない質問だ。


「いままでに何か、木村に恨まれるようなことした覚えないか?」


「え? いや、ない......と思うけど」


「ほんとにないか? 陰口言ってるところ見られたとか、木村の持ち物もの壊したとか、誘い断ったとか」


「えっと、ちょっと待ってね......」


 小幡はそう言うと両手の人差し指をこめかみに当ててぐりぐりし始めた。

 そうして少しすると、パッと顔を上げる。


「あ、一回、誘い断った、かも」


「なんの誘いだったんだ?」


「え......それはちょっと、言いづらいやつかな......」


「そ、そうか......」


 この反応から察するに、学生らしいありきたりなお出かけのお誘いではなく、おそらく下心丸見えの誘いだったのだろう。

 木村が小幡をホテルに誘って断られてるの想像すると、ちょっと愉快な気分になった。

「しかも今思えば、結構きつく断ったかも......」


「原因それじゃねえかよ......」


 どうやらビンゴだったらしい。

 小幡が俺の言葉の意味を計りかねたようにコテンと首を傾げたので説明すると、なるほどという風に手を打った。


「え、じゃあそれ、優馬が佐伯に嫉妬してるってこと?」


「嫉妬?」


「だってそうじゃん? 優馬は自分の誘いを断わった私が佐伯といるのを見て、それで嫌がらせしてきてたってことでしょ? そんなの、嫉妬したからなんじゃないの?」


 ......たしかに、言わんとしていることはわかる。

 でもちょっと、木村が俺に嫉妬してるって状況はなぁ......。なかなか想像しづらい。 


「――嫉妬だよ、絶対っ」


 小幡はそう言うとふんすと鼻を鳴らした。

 強い強い、圧が強いよぉ......。


「......そうかぁ?」


「今回みたいな状況ならまず間違いないね」


「その根拠は?」


「優馬の性格的に」


 そう言われるともう言い返せない。

 しかし、俺の何十倍もの時間木村と関わってきた小幡の言うことだし、それなりの根拠にはなるのだろう。

 いや、でもなぁ......。


「まあ......うん、そうだなぁ......」


「ちょっと? 私の言うことが信用できないっての?」


「いや、そういう訳じゃないんだけど」


「じゃあ信用しとこ?」


「えぇ......。じゃあ、そういうことにしとく......?」


 訊くと、小幡はにっこりとほほ笑んで、


「もちろん。そういうことにしといて」


 いまだに納得したわけじゃないが、ひとまずはこれで方向性が決まったわけだ。

 あとはその嫉妬? を解消させる方法を探せばいいだけなのだが、


「じゃあ次、なんかいい案あるか?」


「また丸投げ......」


 さっき出なかったら今も出ない。当然である。


「なんか、佐伯って全然甲斐性ないよね」


「そ、そんなことより今は解決策をだな......」


「ほら、やっぱりない」


 俺が言い返せないからって好き勝手言うなこいつ。まあ、甲斐性ないですけど。彼女いない歴イコール年齢ですけど。

 小幡は正座を組みなおすと、ほぅと小さく息を吐いた。


「――あるよ、解決策、一個だけ」


「ほ、ほんとか?」


「もちろん、とっておきのがね」


 そう言うと小幡はさっきの呆れ顔から一転、いつものように余裕ありげに微笑んだ。


「結局、ちゃんと向き合うしかないんだよ」


 俺がそのセリフにどゆこと? と首をかしげていると、ビシッと鼻っ面を小幡は指さして、小幡はこう言うのだった。


「――教えてあげる、逆転の一手をね」

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