第15話陰キャは優先順位が低い

「......来ない」


 スマホで時間を確認すれば、約束である二時からすでに十分が経過していた。

 一瞬、「大学生の二時って午前のほうもありえる感じなのか......?」となぞの納得をしかけたが、冷静になって考えてみると普通にそれはないだろう。


 となるとしっかり約束の時間は午後二時で、現在時刻は午後二時十分。

 俺の記憶上、小幡が遅刻するというイメージはない。

 どれだけ朝早くからの授業だとしても俺が教室に着くころにはすでに教室いることが多い。


 たしかに以前までの俺なら「むしろラッキー」とでも強がっていたのかもしれないが、今は到底そんな気分になれそうもない。

 それに今回は、以前までと事情が違った。


「連絡もこねーし」


 もう何度目かもわからないほどスマホを確認しても一向に連絡はこない。

 ほんの数分前に一通メッセージを送ってみたが、それも未だ既読が付かないまま、不発だった。


「連絡用じゃねーのかよ......!」


 つぶやく言葉に力が入るがわかって、数日前の自分との変わりように思わず驚いた。

 小幡はまだ来ない。

 そわそわ窓から外を見てみてもそれらしき姿は見られない。


 ――たらりと、嫌な汗が背中を伝う。


 もはや押さえつけることが出来ないくらいに大きくなりつつとある一つの可能性が、さらにその存在感を増す。

 その不安が一瞬でも早く晴れるよう、俺の足は無意識のうちに玄関に向いていた。

 と、ポケットに入っていたスマホがブルリと震える。


「――っ!」


 急いで送信者を確認しスマホを取り落としそうになった。

 小幡からのメッセージだ。

 まだ七月だというのに、手元がかじかんだようにおぼつかない。

 緩慢な手つきでロックを解き、LINEのアイコンをタップする。

 そして、


「あ......」


 送られてきたのはメッセージと、ぬいぐるみのクマが申し訳なさそうに頭を下げているスタンプだった。


 ――『ごめん、サークルの先輩の代わりにシフト入ることになっちゃった!』


 全身から力が抜けていくのが分かった。

 そして気づけば、額に汗がにじむくらいに熱い。

 俺はおぼつかない足取りで居間まで歩き、何度も打ち直してから小幡へ簡単に了解した旨を返信する。それに既読が付いたのを確認して電源を切った。

 それからスマホをちゃぶ台の上に放り捨て、そばに置いてあったクッションに倒れ込んだ。


「そんなもんか......」


 サークルのイケてる先輩からの願いと、クラスの冴えない男子との約束。

 どちらのほうが大事かなど、もはや天秤にかけるまでもなくわかる。

 だからこれは当然だ。選ばれなくて当たり前。ドタキャンだって織り込み済み。

 ふと顔を上げれば、自分でも驚くくらい整頓された部屋が待つ。

 部屋の奥では二人分のコントローラーが並べて置いてあり、いつもなら放り捨てられている衣服はすべて籠にまとまっている。


「......」


 ......でもなんだろう、この腹の奥から込み上げてくる、言いようもない感情は。

 眼の端からあふれんばかりにわき出でる、熱くて痛い激情は。


「片付けるか......」


 知らず、その声には諦観の色がにじみ出ていた。


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