第8話陽キャとゲームやることになった件

「ほ、ほんとだ......」


 小幡から渡された写真をみて俺は思わず声をこぼした。

 すると頭の上から「ふふん」と小幡の鼻を鳴らしたような声が降ってくる。今は見えないが、多分得意げな顔をしているのだろう。

 古いアパートの狭い一室の中央に置かれたちゃぶ台をはさんで、俺と小幡は向かい合って座っていた。


 俺が手に持っている写真は、幼稚園時代に撮ったであろう俺の写真。

 運動会の日に撮ったものなのか、砂で汚れた体操着に身を包んでいた。

 今ではあまりしなくなってしまった満面の笑顔で、カメラに向けてピースをかましている。


「これでもう信じた?」


 小幡のその言葉に、あくまで視線は写真に向けたままコクリとうなずいて返す。

 何を信じたかは言わずもがな、俺たちが同じ幼稚園出身であるということだ。

 ......しかし、今でも信じられない。

 写真の俺の横に、ちょこんと遠慮がちに立っている女の子がいた。

 白い肌に細い腕。照り付ける日光を避けるように、俺の陰に隠れている。


「これが、小幡さん......」


 いま一度写真の少女の顔と小幡の顔を見比べようと顔を上げると、ちょうど目が合ってしまう。

 小幡がにやりと、難しい言葉を使っていうと嗜虐的に口角を吊り上げる。


「似てない?」


「......似てないもなにも、本人じゃないですか」


 しかしまあ、一目見ただけで同一人物だとはわからないだろう。

 というか、いまでもちょっと疑っている節はある。

 いちおう写真を持っているので本物だとは思うが、それっぽい別の人物が名乗りを上げたらそっちに流れるかもしれない。

 ......いや、そもそも名乗り上げないか。


「あ、ていうかまださん付けだよ」


 小幡は「めっ」とでもいうようにぴんと人差し指を立てた。


「昔みたいにお互い呼び捨てでよくない?」


「ちょっと、それは流石に――」


「――なにが流石なの」


「そ、それは......」


「しかも敬語だし。それ、こっちもやりづらいんだけど」


 そう言われると確かにそうだ。俺だって同級生に敬語で話されるのは、ちょっと壁を作られている感じがしてやりづらい。

 しかし、木村の知り合いということで少し距離を置きたい気持ちがあるのも事実。

 ちらと小幡のほうへ視線を送れば、ふんすと鼻を鳴らされた。

 ......まあ、ここならだれも見てないか。


「――わかった、これからはなるべくため口で話すようにします。......あ」


 言ったそばから敬語だった。小幡はあきれたようにはあと息を吐く。


「......ため口で話すようにする」


「はい、よろしい」


 小幡は納得したようにうむとうなずくと、「よいしょ」という掛け声とともにスクリと立ち上がった。

 一瞬もう帰るのかと思ったが、まだ窓の外では大雨がすごい音を立てていた。

 いちおう雨宿りも兼ねているらしいので、となるともうまだここにいる感じだろう。

 立ち上がった小幡はゆっくりと部屋を一回りしてから、テレビのわきにある小さな棚の中を覗き込んだ。

 そこにはテレビゲームのソフトやそのコントローラーが雑には置いてある。

 ......やましいものがあるわけではないが、正直、陽キャに見られて快いものではない。


「へぇ~、いっぱいあるんだね」


「ま、まあな......」


 小幡はそのまま「なにこれ?」とか「こんなのあるんだ」とかつぶやきながらゴソゴソ棚を漁るターンへ突入した。

 少しすると、俺が受験シーズンに積んでいた美少女ゲームを手にして、ニヤ~と何か言いたげな笑みを向けてきた。

 ......ちくしょうなんだこの時間。


 ***


 それからさらに五分ほど小幡のゲーム漁りタイムは続いた。

 結局最後まであの空気になれることは無く、比較的涼しい日だというのに汗が止まらなかったね。


 と、ふと窓の外を見れば、そろそろ雨が弱まってきていた。

 まだ雨ということに変わりはないが、この様子なら傘一本あればしのぎきれるだろう。

 ちょうど小幡がいま手に持っているタイトルと、もう一つですべてのゲームを一通り確認したことになる。


「あ、次で最後か~」


 その声を聞き届けてから、俺はゆっくり立ち上がって小幡のほうへ足を向ける。


 そろそろおかえりいただく時間だろう。


「そろそろ雨やんできたし、もう帰ったほうが――」


 瞬間、小幡の動きが止まった。


「――あ、このゲーム知ってる」


 そのセリフは今日初めてきいたものだった。

 たいていの作品は「見たことなーい」とか言ってから裏面の説明文を読んで、それからすぐに次の作品を漁りにいっていた。

 がしかし、今はパッケージのイラストをじっと見つめている。

 小幡に最後に手に取った作品は有名なRPGゲームだった。

 まあそれなりに有名で、俺も一応ゲーマーのはしくれとしては持っておかねば、と買うだけ買って積んでいたゲーム。

 ......。

 ふと、いやな予感がよぎった。


「――ねえ」


 小幡がパッケージを豊満な胸に抱きかかえながら、上目遣いで見上げてくる。

 この流れはまずいと頭の中で警報が鳴り響く。


「これ、いまからやらない?」


「今から、ですか......」


「そう、いまから」


 ここで押し切られるとまずい。

 何がまずいって、もうなんかまずい。

 いろいろはじけそうなところがまずい。


「雨、もう弱まってるけど......?」


「でもまだ降ってることに変わりはないし、時間なら大丈夫だから安心して」


 安心もなにも......と言い返そうとすると、ガシリと手首をつかまれた。

 急いで振り払おうと腕に力をこめるが、かなり強くつかんでいるのか全く離れる気配がない。

 すると今度は逆に引っ張られて、あっさりとバランスを崩される。そのまま倒れるように小幡の横へ座らされ、コントローラーを渡される。


「はいこれ、佐伯は2Pね」


「......」


「あーでも、設定の仕方わかんないや。やっぱ1Pやって」


「......」


「もう、はやくして」


 ......なんでこんな我が物顔で振る舞えるの?

 さっきから俺は一言も発していないのに、いつのまにかゲームやるのが前提になっているようだった。

 俺は渡されたコントローラーをいったんそばに置いて、一言いってやろうと小幡のほうを向き、


「――は・や・く」


「はい......」


 押しに弱い、佐伯大生なのであった。

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