第6話オタクに優しいギャルなどいない

 聞いたことがない音だった。

 でもその音が何を意味するのかは考えるまでもなくわかる。


「......だれだ?」


 耳に届いた今の音は間違いなくインターホンの音だ。

 しかし、特にネットでなにかを注文した記憶はない。

 知り合いが家に来るということも......、いや、やめとこう。

 チラリと目だけで時間を確認すれば、現在時刻は12時30分。

 とっさに、大学の教師が家に来たか? という考えが思い浮かぶが、小中学校じゃあるまいしそれはないだろう。


 ......いや、マジでわからん。

 いろいろな可能性が脳内を駆け巡るがどれもいまひとつピンとこない。

 これは仕方ない、居留守作戦を決行しよう。

 そうと決まれば早い。ゆっくりと音を立てないように立ち上がり、玄関から出来るだけ距離を取ろうとして、


 ――ピンポーン!


 びくりと背筋が反応する。

 中途半端に立ち上がったまま固まって、ギギギと油の切れたブリキ人形のようにゆっくりと玄関に目を向けよる。

 冷たい汗が背筋をつっと伝い、ごくりと生唾を飲み込む。

 そこへさらに、今度は木製のドアをノックする音が追い打ちをかける。


「......やばい、カギ閉めてない」


 そこで重要な事実に気づいた。

 そういえば昨日はバイトから帰ってきた後まっすぐ風呂に入ってすぐに寝たので、現在おそらく玄関のカギは開いたままだ。


「これはまずい......!」


 こうなるともう居留守作戦は使えない。

 俺は焦りつつもなるべく音を立てないように、まずはゆっくりと振り返り、それから玄関目指して一歩ずつ進む。

 現在地から玄関まで約5メートル。今はその距離が何十メートルも遠く見える。

 そして、ようやく玄関の目の前までやってきた。


「(......てか、だれなんだ?)」


 そっと、のぞき穴から来訪者を確認する。

 まず見えたのは白色のニットセーターだった。

 下はジーンズで、透き通るような真っ白な手には紺色の傘を持っている。

 そしてなにより一番目を引いたのが、


「胸、でっけぇ......」


 セーターを内側から突き破らんばかりの迫力がある双丘に、俺の目線はくぎ付けだった。

 ......いや待て、それはいったん置いておこう。

 本当の問題はその先にある。


「でも、なんで女子が俺の部屋に......」


 バイト先に女性はいるが、しかしこんなに......その、立派じゃない。

 ......まあそれになにより、嫌われているのでうちに来るはずがないのである。


 となると、だれだこれ?

 俺は考えるため一度ドアから離れ、記憶を探る。

 天井の端を見つめつつ、あーでもないこーでもないと思考を巡らせていると、視界の端でなにかが動いた。

 ドアノブだ。

 ドアノブがこう、ゆっくりと確かめるようにクルリと回って......。


「あ、開いてる」


 気づいたときにはもうおそい。

「ちょっ、まっ!」と情けない声とともになんとかドアを抑えようと手を伸ばすが、それは空を切る。

 と、なればよかったのだが。


 幸か不幸か、俺の手はしっかりと『それ』をつかんでいた。

 恥を忍んで言うが、『それ』を触ったのは人生で初めてだった。

 高速道路を疾走する車から手を出したときの、あの感覚が手のひらに伝わる。

 しかしそいつは、温かかった。

 具体的に言えば、三十六度前後だ。

 まあとにかく、ありていに言ってしまえば、


「――変態っ!!」


「うぐあっ......!」


 女子のお胸を触ってぶん殴られる、ただの変態がそこにいた。

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