第4話こうして、冴えない大学生は完成する

「まあそれいいんじゃね?」


「あーね。どうせこんなもんだろ」


 教授からやることの指示がなされてから数分。

 俺はすでにどうすればいいのか分からなくなっていた。

 今日の授業は、『グループで持ち寄った新聞記事について話し合ってそのまとめを発表しろ』というものなのだが......。


 ......まずグループの誰もその記事を持ってきていないという事態に直面。

 まあ俺も忘れたのでそのことについてはなにも言えなかったりするのだが、そこでまず空気が悪くなった。

 そのあと、一応忘れた人はネットニュースでもいいとのことだったので、スマホを使っていくつか適当な記事を検索。

 そして現在はみんなが探したものの中からどの記事について話すか相談する、という時間なのだが、


「でもさすがに、この記事じゃ......」


 自分の携帯でも見せられた記事を開いてみる。

 俺の知らない俳優の不倫について取り扱っているページで、まあいっちゃなんだがよくある内容の記事だった。

 これになんてコメントつけてまとめんだよ......。

 小学生並みの、不倫は良くないと思いましたとかいうまとめにつながる未来しか見えない。


「じゃあ、佐伯クンなんか案あんの?」


 かなり小さい声でこぼしたはずだが、目ざとく言及された。


「な、ないですけど......」


「............へ~」


 なんだよその間。それに、なんか今にらまれたような気がする。


「んじゃ、これでいい?」


「いんじゃね?」


「――あー、発表とかだる~」


 黒色のパーカーを着崩した中村がそう愚痴をこぼすと、その前の席に座っていた池田が「それなー」と間延びした返事を返しながら後ろの机へだらりと体重をあずける。

 そこに中村の隣に腰かけていた木村も倒れ込む。


 ......木村の後ろに腰かけている俺はもちろんそこに入ることなどできるはずもなく、手元にあるスマホと睨めっこを続ける。

 そうしてしばらくダラダラしている木村たちを視界に収めつつ、個人的に良さそうな記事を探していると教授が「あと五分だぞ」と時間を区切ってきた。


「まじか~、全然進んでなくね~」


「やばいわ~」


 そう言いつつも、最悪あの記事適当にまとめれば何とかなるっしょ! とでも思っているのかその声に緊張感はない。

 とはいえほかのグループの完成度如何によっては浮きかねないのも事実だ。

 ......がまあ、少なくともよそ者の俺が発表する係に駆り出されることもあるまい。

 存分に浮けばいいさ。


 ――と、思っていたのだが。


「ま、大丈夫じゃね。――ねえ、佐伯クン?」


「え......?」


「さっきもなんか案ありそうだったし、発表任せたわ」


 木村はそう言い終えると、逃げるように前に向き直る。


「よろしく~」


「あざーす」


 中村と池田もニヤニヤしながらそう一言いうと、さっきと同じ姿勢に戻ってだらだらしゃべりだした。

 ......。

 いやいや。

 いやいやいや。

 文句の勢いそのままに、俺は席をすくっと立って木村の横へとつけていた。


「なに?」


「いや、なにじゃねーよ」と言いかけるが、ぎりぎりのところで押しとどめる。


 それから努めて冷静に一息入れ、まっすぐ木村の目を見据える。


「あの、まだなに話すか決めてないじゃないですか」


「え、さっきまでめっちゃ調べてたじゃん」


「それはまあ、調べてましたけど......」


「じゃそれ話せば大丈夫だって」


「そういう話じゃないだろ」とまたもや言いそうになるのを、なんとかグッと拳を握りしめてこらえる。


 そうしてもう一言いってやろうと一歩前に踏み出そうとして、


「――よーし、じゃあみんな席戻れ~」


 そう教授が号令をかけると、もうこれ以上続けることなどできず。


「大丈夫だって! マジで任せたわ佐伯クン」


 こいつ、マジで......!

 一瞬、本気でぶんなぐってやろうかと思ったが、そんな根性が俺にないことはもうとっくの昔にわかっていることだった。

 おとなしく席に戻ることしかできず、むっつり黙ったまま前のホワイトボードを見つめる。

 まずは手本として教授のまとめを聞かされ、いよいよ今度は生徒の発表の番である。

 ......。

 ぞくぞくと前のグループが発表を終えていく。

 どのグループもまあそれなりに真面目な記事を選んで、それっぽい意見を述べてる。

 自分の番が近づいてくるほど、いいもしれない焦燥感が背中を駆け上がり口の中が乾いていくのが分かった。


「......あの、木村君」


 俺たちのグループの発表まであと三組となったところで、なんとかそう声をかけた。

 こいつに「君」付けすることすら腹立たしかったが、そんなことを気にしている暇はなかった。


「あ? どしたん?」


 心底なめくさった目だ。

 でも、いまは置いておくことにする。


「発表、やっぱりかわって――」


「――あー無理。マジで任せたから」

 

 そうとだけ言うと、木村は興味が失せたのかまた前を向き直る。

 ――プチリと、なにかが切れる音がした。


「......っざ......なよ」


 気づけば、俺は無意識のうちに席を立っていた。

 ほかのグループの発表中だ。

 当然のごとく視線が集まる。

 ――でも、この時の俺は、本当にどうかしていた。

 そのまま木村の真横に躍り出て、よどみない動きでその胸ぐらをつかんで、すっと息を吸う。

 それから、



「ふざけんなよ、木村......!」



 ――こうして佐伯大生は道を踏み外し、冴えない大学生は完成するのだった。

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