一人じゃないよ

「なあ、お前はさ」


 いつの間にか俺の体に戻っていた。

 声も出るようになっている。

 だから、話しかけてみる。


「なんだ」


 大丈夫、必要な情報をもう手に入れた。

 ケルベロスの気持ちももうわかる。

 彼が、どんな思いを抱えているかだって。


「よく戻ってこれたな」


 ちなみに、ケルベロスは縁側でひなたぼっこしていた。

 今なら一人だから、こいつとゆっくり話せる。

 早速本題に入ろう。


「俺、お前の記憶をちょっとのぞいたよ」


「そうか」


 興味なさそうなそっけない返事だ。

 どこか、寂しそうに感じるのは気のせいだろうか。


「俺さ、お前を悪い奴だと思ってたよ」


 だって、見た目は怖いし、俺の体乗っ取ったし。

 そこには、第一印象も関係しているかも。

 どう考えても、誰かを恨んでいる姿は恐怖を与えてしまう。


「でもさ、お前いい奴なんだな」


「なぜそう思う」


 ケルベロスも、わかっていて尋ねているんだ。

 俺を試すように、質問してくるから。


「子供を……」


「昔の話だ」

「我ももう変わってしまった」


 苦い過去を消し去るように、俺の言葉に被せてきた。

 ここからも、こいつの心情が察せられる。


「でも、俺にはお前が悪い奴だと……」


「知ったようなことを!!」


「……」


 突如激昂したケルベロス。

 やっぱり、この話題は触れてほしくなかったんだ。


「お前に我の哀しみのなにがわかる! 同情されたところで我の恨みは消えんぞ!」


 そうだよな。

 こんなに簡単に消える程度じゃ、魂として残ったりしない。


「どうせ我の弱みに付け込んで、追い出そうとでも思っているのだろう」


 ケルベロスはそう言い捨てる。

 けれど、それは違う。


「違うよ」


 そんなんじゃないって。


「なにが違うんだ」


「俺はなにも追い出そうなんて、思っちゃいないさ」


 ……まあ、追い出すのを諦めたってのも一理あるが。

 それだけじゃない。


「それでは、我に体を渡すと言うのだな?」


「それもちょっと違うな」


 てか、もしそれに納得しているなら戻ってこない。


「では、どういうことだ!」


 少し焦らしすぎたようで、怒らせてしまった。

 ここからが重要なんだ、俺も緊張してる。


「俺と一緒に生きていこうじゃないか」


「なに?」


「お前、寂しいんだろ? 悲しいんだろ? あのときから、ずっと」


 俺はお前の記憶を見て、追体験したんだ。

 隠していても、わかる。


「……」


「一人でずーっと長い間ふさぎこんでた」


「……」


 すっかり黙ってしまった。

 どんな気持ちで聞いてくれているのかな。


「でも、それじゃあ辛いと思うんだ」


 ずっと一人で抱え込んでいられるわけがない。


「だから、俺が会いに来たら体を乗っ取ったんだろ?」


 もう一人は嫌だって、思ってるはず。

 心のどこかで。


「これからはさ、二人で生きていこうぜ」


 俺とお前の二人で。


「楽しいときも、悲しいときも、そばに誰かがいてくれたら嬉しいだろ?」


 それは誰だって変わらないはず。


「悲しみを癒して、楽しみを倍増させるために」


「一緒に生きろと?」


 最終確認するように、声に出すケルベロス。


「そう。だって、乗っ取って俺を消したらまた一人になるんだぜ?」


「家族や友がいるではないか」


「でも、ずっと一緒じゃない」


 いつかどこかで、別れは来る。


「俺はいつでも一緒だぜ。この体の中で」


 自分の胸に力強く手を当てる。

 信じてほしいと願いながら。


「……ふふっ、面白いことを言うじゃないか」


 なぜか笑われる。


「そうか?」


「我は今まで数多の七つ星に会ってきた」


 こいつも歴代の先祖と会ってきたんだな。


「誰もが我を説得し、和解の道を選んだが」


 が?


「共存を選ぶ者は初めてだったぞ!」


 嬉しそうだな、こいつ。


「やはり、長く生きてみるものだな」


「いやお前死んでるだろ」


「こんなに面白い人間に出会えるとはな!」


 俺のツッコミは無視された。

 それくらい喜んでいるのかな。


「で、どうすんだよ?」


 決めてもらわないと。

 俺が消えちまう。


「俺と一緒か、俺を乗っ取るか」


 ……できれば前者を。


「もはや我を追い出すことは選択肢にないと」


「そんなことしたら、お前がかわいそうじゃんか」


 俺はどこまでもお人よしなのかもな。

 でも、これは本心だ。


「ふん、人間如きに同情される我ではないわ」


「となると?」


「七つ星明、お前の全てに敬意を払い、出ていってやるわ!」


「そうか……」


 それはそれで、寂しくなるな。


「さらばだ、七つ星!」


 そう言うと、口から人魂が出ていった。

 もう自分の意思で体を動かせる。

 俺は手を振った。


「寂しくなったら、帰ってくるんだぞー!」


「バカ言え!!」


 これが俺の、あいつとのお別れ。

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