一怪目「星降りしとき現る者」

蔵で見つけた謎の本

「えーと、なになに……?」


 俺は寝起きの冴えない頭でページに書かれているミミズみたいな文字を睨む。

 かろうじて読めなくもない。


「夏のころ、星降りしとき七つ星家の裏山に彼の者現る」


 夏か。

 季節はジャストだな。

 だが、星降りしとき……って?

 裏山はあそこなのはわかるんだが……。

 そして、「彼の者」?

 さっぱりわからん。

 続きを読めば答えが書いてあるだろうか。


「彼の者、全身光り輝きて、いと神々しい様なり」


 なんだ、光ってるってかぐや姫か?

 たしかに竹林はある。


「言葉通じず、されど意思疎通が可能である」


 は?

 全く意味が分からない。

 言葉が通じないって、外国人なのかな?

 じゃあ、光り輝いてるのは金髪だから?

 ……そんなわけないよな。

 てか、なんで意思疎通ができるんだよ。

 言葉が通じないなら……。


「明ー! 起きてるのー?」


 おっと、朝ごはんの時間だ。

 続きはその後。


―――――――――


「明、あの蔵でなにかいいもの見つけた?」


 お母さんはテーブルにたけのこ料理を並べながら尋ねてきた。

 なんでこんなにたけのこがって思うけど、裏山でよく採れるらしい。

 俺はこの数日で飽き飽きしてきた。


 はっ、まさか!

 さっきのかぐや姫(推定)がいるからたけのこがこんなに採れるのか!

 なーんてな。


「んー、まあ、どうかな」


 適当にお茶を濁す。

 ぶっちゃけ怪異録なんて変な本を見つけたって言っても、気まずい雰囲気になりそうだし。


「あそこ、ネズミがいっぱい住んでるから気を付けるのよー」


「あー、それなら昨日会ったよ」


「ええ!?」


 母さんは顔をひきつらせた。


「本当にいたの?」


「え、うん」


「前に私が入ったときはいなかったのに」


 前に?


「母さんもあそこに入ったことあるの?」


「え? あー、そうね。 子供のときに、怖いもの見たさでね」


 ペロッと舌を出して、微笑む母さん。

 こういうおちゃめなところがかわいい。


「その話、初耳だな」


 新聞を読んでいた父さんも話に入ってきた。


「わざわざ言うほどのことでもないでしょ? だから秘密にしてたの」


「そうか、そうだな」


 あんな蔵に入ったからって、特に面白いこともない。

 だから、話のタネにすらならなかったんだろう。


「それより、明知ってる?」


「なにが?」


「今夜は流星群が見れるらしいぞ。 ペルセウス座流星群とかいって……」


「ごめん、やることあるから部屋戻るね!」


 父さんの話は長い。

 適当に切り上げないと、いつまでも拘束される。

 今はあの本を読むのが先だ。

 俺は自室に戻ると、続きを読み始める。


「一度彼の者に会えば、全知全能の才を得る」


 全知全能の才?

 会うだけで?

 まさか神様なのか?

 そんなわけ……。

 しかも記述はそこで終わっている。

 次のページは……第二の怪異っぽいな。

 こんな少ない情報でどうすりゃいいんだよ。


「うーん……」


 考えていても仕方ない。

 とりあえず裏山に登ってみるか。

 季節は夏だし、あわよくばこの謎の存在に会えるかもしれない。

 そうと決まれば、準備だ。


「父さんー、山登りしたいんだけどさー」


「ん? それなら、これを使うといい。あと、あれも持って行けよ? あ、それも……」


 父さんは荷物が詰め込まれたリュックから、靴やジャージ、虫よけスプレー、その他いろいろを次々に取り出す。

 父さんは山登りガチ勢なのだ。

 確か大学のときは、登山サークルに入っていたとか。

 今でも休日はたまに出かけている。

 俺はゲームの方が好きだから、小さいときについていったことが何回かあるくらいだけどね。


「あ、ありがとう、父さん」


 これだけ道具が揃えば、たぶん大丈夫。

 けれど、父さんはまだリュックと俺を交互に見て不安そうだ。


「う~ん、これでもまだだな。やっぱり父さんが一緒に……」


「あなた、これは明の挑戦なのよ」


 母さんが現れる。

 表情はなぜか深刻だ。


「挑戦……」


「一人でやらせてあげましょう」


「そうだな……」


 いやなんだ、この空気は。

 俺が登るのはエベレストじゃなくて、裏山だぞ?

 そんな重々しくならんでも。

 俺は両親についていけなくなったので、さっさと出発しようと立ち上がる。


「それじゃあ、俺行くわ」


「待って、明」


 母さんが俺の腕を掴み、引き留める。


「今夜は星がきれいらしいから」


「このテントで寝てきたらどうだ?」


「え、ええ!?」


 話が思わぬ方向に!

 さすがに森で一人で一夜を明かすのは……怖い。

 これは断らないと。


「いや、それは……」


「明、お前びびってるな?」


「うっ」


 図星だ。


「大丈夫、お前ならいけるよ」


 父さんが力強く俺の肩に手を置いた。

 この自信はどこから出てくるんだ?

 登るのは俺なんだが?


「そうよ、母さんも……あ!」


 母さんはしまったという顔で口を抑えた。


「母さんもってどういうこと?」


「え? あの、母さんも恐怖を乗り越えたことがあるから明もがんばれーって!」


 なんか怪しい、ごまかしてるな。

 わかりやすい母さんだからすぐわかる。

 でも、ここを追及するのは後だ。


「で、行くのか?」


「……わかった、行くよ」


 怖いけど、自由研究のためだ。

 覚悟を決めよう。

 こうして僕は昼前に家を出た。

 もちろん昼と夜の分のおにぎりを持って。

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