秀頼の逆転勝利 始末

@erawan

第1話 秀頼の逆転勝利 始末 その一

 太平洋戦争で日本に攻め寄せていたアメリカの大統領ルーズベルトは、勝利目前で死去します。

 しかし、だからと言ってアメリカ軍が撤退する事はなかったし、ましてや全軍本土に引き返すなどという事はあり得ない。

 ところが、少し乱暴な比較をすると日本の戦国時代、上洛を目指していた武田信玄は道半ばで死去。武田軍は甲斐への撤退を決めている。あの時代の総大将、お館様の命は石垣の上に築かれた城よりも重たかったのだ。その国の命運を一人で握っていた。


 大坂夏の陣で戦われた天王寺口の激戦では、秀頼に転生したおれの作戦勝ちとなり、家康は磔台に縛り付けられた。その哀れな姿を見せられては、秀忠も要求された武装解除に従わざるをえず、徳川方の全軍は武器を取り上げられて撤退する事になった。




 

「幡野三郎光照と申す者でございます」


 季節は夏から秋に変わろうとしている。埋められた大阪城外堀の復旧を急がせていた幸村から、思わぬ情報がもたらされた。秀吉の埋蔵金に関するものだった。


「その方か、父上から黄金の埋蔵を指示されていたと申す者は」

「ははっ」


 実直そうなその武士は、額を畳にこすりつけた。

 おれに何度か促された光照はやっと顔を上げ話し出した。その内容とは、秀吉から黄金を「ひそかに埋蔵せよ」との密命を受けていたというものだった。

 埋蔵場所は大坂から北西に位置する銀銅山を選んだ。坑道の奥数十か所に分けて埋め、即閉山を命じたようだ。


 秀吉が莫大な黄金を蓄えていたことは確かで、家康がその財力を少しでも散財させようと、社寺仏閣の「修復」「改築」を勧めたことは有名です。

 全国の鉱山から集めた莫大な量のインゴットを秘密裏に隠すよう、配下の幡野三郎光照という武将に命じたようです。

 埋蔵されたものはインゴットだった可能性が高いと思われますが、大判なら現代では海外のオークションでどれほど値が付くのか分からないほどだとか。

 おれはすぐ埋蔵金を目立たぬよう数十回に分けて掘り出し、大阪城に運ぶようにと指示をした。小西行長と光照が担当し、幸村の家臣と軍が護衛に付く。

 だが、


「秀頼様」

「なんだ」

「黄金の輸送なのですが」


 現地を調べた幸村の話によると、どのようにして、あれだけ膨大な量の黄金を運び出したらいいものか悩んでいるという。


「秘密裏にという御命令でしたが、あれほどの大量の黄金を運ぶとしたら、最低でも1万台近い大八車が必要になるでしよう」

「…………」

「二十回に分けても五百台で御座います」

「分かった。おれに考えがある。とにかく始めろ」


 おれが一人になり、トキに話し掛けたいと思っただけでキーボードは現れる。


「トキ」

「あの黄金を運び出すのね」

「そうだ、やってくれるか」

「いいわよ」


 トキは幸村達に気が付かれぬよう、運ぶのを少しづつ手伝った。

 幸村らは意外に早く輸送が終わってしまったので、狐につままれたようだった。

 黄金は全て大阪城の地下深く、石造りの蔵に運び込まれ、頑丈な二重の扉で守られることになった。


 その持ち込まれたインゴットの山を目にしたおれは、ふと、この金を現代に持ち帰ったら大金持ちではないかと考えた。

 だがどうやって運ぶ?

 トキに頼めば一発だが、それはちょっと……


 まばゆい黄金の山は人を狂わせるものらしい。おれは何を考えたのか、一人になると、いつの間にかリュックサックを蔵に持ち込んでいた。おれの行為に異議を唱えるものなど、ここには一人も居ない。

 あとは夢中でインゴットをリュックにたっぷりと詰め込んだが、


「くそ、ダメだ、まったく持ちあがらない」


 仕方なく少しだけ金の塊をリュックから取り出す。そして持ち上げようとしてみるが……


「だめだ、こんなに重たいとはなあ」


 さらに取り出すと、半分ほどになってしまう。


「これでどうだ」


 欲の皮が突っ張っているとはこの事だ。


「くそ、まだ駄目か」


 とうとう三分の一ほどになってしまう。

 何とか持ち上げようと足をふんばったその時、


「ん!」


 ふと気配を感じ振り向くと、何も無かったはずの空間にトキのメッセージが光っているではないか。

 さらに声がした。


「その黄金をどうするの?」

「――――あっ、トキ!」


 どうせトキに頼まなければ現代には帰れないのだから、見つかったも何もないものだが、おれは何故か狼狽えてしまった。


「あの、これは、その」

「…………」

「ははっ、ちょっと持ってみようと思って……」

「…………」

「やっぱり重たいものだな」


 トキが初めて声を出してくれたおかげでキーボードを叩く必要は無くなったが、問題はこの事態をどう説明するかだ。


「重たいでしょ。何処かに運ぶのだったら手伝うわよ」

「えっ、あっ、そう」


 思わぬ成り行きに戸惑ってしまった。そんな簡単に引き受けてくれるのなら、何も急ぐことは無い。

 蔵から戻り一息つくと、我に返ったおれは黄金の怪しげな魔力からやっと解放された。そしてここでじっくり豊臣が今抱えているいくつかの問題を、冷静に考え直してみる事にした。



 大阪夏の陣で敗退したとはいえ、いまだ徳川幕府は健在。征夷大将軍の職も秀忠が引き継ぎ受け継いでいく事で、豊臣氏に従属しない立場を明確にしている。徳川家が代々武家の棟梁となっていく事を示しているのだ。

 また大阪城下にあふれてしまった浪人問題がある。その一割ほどは名のある武将のようだが、十万とも言われるその他の者達は、このまま何もしないでほっておけば、食うための略奪者になってしまうではないか。

 さらに豊臣方についた浪人のうち、長曾我部らは元の土地に帰ろうとするに違いない。家康が敗れたのだからな。だが既に土佐の大名となっている山内は素直に立ち退かないはずだ。そうなると、徳川という最大勢力が敗れたのを見た日本各地の大名達は、また領地争いを起こし始め、戦国時代の再開となってしまうだろう。大坂攻めに参加していた有志の武将は、めいめい勝手に各地に散って、再び混とんとした戦乱の世に戻ると思われるのだ。


 しかし状況が少しくらい変わったからといって、徳川方に付いた旧豊臣の有力家臣たちが、いまさら秀頼に従うだろうか。この時点での豊臣家は六十五万石しかない。経済力はそこそこだが、軍事力で日本全国の大名ににらみを利かせるのは難しい。

 だが豊臣家を秀吉は新たな摂関家とし、秀吉の養子である秀次も関白に任じられていた。秀次以降は再び本来の五摂家が摂関の座を独占するようになってしまったのだが、それまでは秀吉、秀次と曲がりなりにも摂関家であった。

 秀頼自身もあっさり辞退してしまうまでは正二位・前の右大臣だった。これらを考え朝廷とのつながりを利用することは出来る。つまり、朝廷に認められていた過去が有るので、豊臣が政権を確立する事も考えられるではないか。大阪の周囲に大きな大名家は居ないから、畿内一円程度を支配する事など容易いだろう。ただし京・大阪周辺の支配は出来ても、その影響は地方までおよばず、日本の各地で戦が頻発する状況は大いに考えられる。

 それでも秀頼に転生したおれの目標とする事は、京都にあった室町幕府に代わり豊臣幕府を立ち上げる事。徳川幕府に対抗する豊臣家だ。秀頼の豊臣家が新しい日本を導いて行くのはそこからしかないのだ。

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