前夜祭前夜(二)

 ところで。

 本来、創造主、あるいは創造主候補生には名はない。そもそも名というものは、後付あとづけのものにすぎず、あえていうなら、他と区別するための便宜上べんぎじょうの記号程度にすぎない。名に込められた意味であるとか、名から受ける印象などは、そもそもそれほど本質的なものではないのだから。

 ちなみに。

 ぼくの専任担当のあの先生にも名はない。

 また、ハジメ園長先生とか、カイ様も、実は名ではなく、あくまでも渾名ニックネームのようなものらしかった。ぼくと先生が親しくしているのを、どういうわけか園長先生は事のほか気にかけているようで、修行の場をこっそりとのぞいておられる姿を何度もお見かけしたのだが、黙っておいた。なにごとも、おもてあらわにしてはならない真実というものがある。それを教えてくれたのも、今の先生だった。

「……ところで……前夜祭しか行わず、本祭がない理由はわかったのか?」

 その先生のといに、ぼくは胸を張って答えた。

「はい……ようやく分かりました!」

「ほう、では言ってみなさい」

「前夜祭は……天地創造を請い願うものであって、本祭は、本来は天地創造そのものですが、いまだ天地創造にはため、前夜祭だけでとどまっている……のが真相のようでした」

 ぼくが告げると、先生はうなづいた。首肯しゅこうしつつも、それでもはたと小首をかしげた。

「……わかれば結構。なにごとも疑問をそのままにせず、ちょっとでもこちらから動こうとすることが大切だとわかっただろ? でね、こちらも調べてみたんだ。なにせ、おれの在園中には、そもそもそんな前夜祭自体がなかったんだ……どうだ? これもまた不思議な話だろ?」

「ずっと以前にはなかったのですか? では、いつ、前夜祭なるものがはじまったのでしょう?」

「ほら、一つ解決すれば、たちまち次の問題が浮かび上がってくる……ね、それをつぶさに解決していくのか神生(註︰人生のこと)の本質なんだぞ」

「なるほど、わかりました……では、ぼくが前夜祭がいつ始まったのかを調べればいいのですね?」

「うん、本来ならば、そうすべきだろうけど、君には無理だ……いやなにも能力を否定しているんじゃない、なにせあまりにも古い話だから。それに、おれに心当たりがあるんだ。たぶん、いまの園長に関係あることだとおもうし」


 先生がきっと“ 前夜祭の謎 ”を解明してくれるものと信じ、それを楽しみに待っていたのだけれど、ぼくの望みがかなえられることはなかった。なぜなら、それからしばらくして、先生は居なくなったのだ。

 創造主になれない、候補生のままの先生はどこに行ってしまったのか……ぼくの前に、また一つ大きな謎が立ちふさがった。

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