くもりのちときどき晴れマーク

嵯峨嶋 掌

疑 惑

 降りそうで降らないのは、ところどころ雨雲の隙間から明るい光がれてすぐに隠れてしまうからで、それを眺めるだけでよけいにざわめいてくるのは真美まみにはむしろ当然のことで、ここ二か月あまりの胸裡むねのうちのありようそのままだったからだ。


「やっぱり……してんのね」 


 真美の隣で幼馴染みのあやが、やはり空模様をゆっくりと仰ぎ見ながら囁くようにつぶやいた。彼氏の浮気疑惑を最初に真美の耳にいれたのは綾である。



 三か月前……商店街のはずれのミニ公園のベンチで座って携帯電話でコソコソ話しているつばさをみたとき、あや

(あやしい……!)

と、直勘したらしい。

(人目をはばかるように……歳上かしら……)

 とも感じた。喋りながら翼は頭を下げたり、コロコロ笑い出したり……なんだか、綾が知っている翼とは別人のような感じがしてきて、

(やっぱり……なんか、お、か、し、い)

と、なかば確信した。それでも、そのときは綾は真美まみには告げ口しなかった。自分の結婚式の準備で忙しかったからで、よりによってそんな時期に真美の気をぎたくはなかったからだ。

 ……ところが、それから四度、同じような光景を見てしまった綾は、真美に告げるかどうか、迷ったあげく、フィアンセの航一こういちに相談した。

 もともと真美まみに、

『同僚に一人、変わった奴がいるけど、どうかな』

と、紹介したのが中村航一だった。中堅商社の四年後輩が、石沢翼だった。

 翼は24歳……真美からみれば二歳下になる。

 航一が“変わった奴”だと言った翼は、長身でもなく低いわけでもなく、痩せてもおらず、太っておらず、なかなか印象には残り難いタイプだった。イケメンでもなく、かといってそれほど悪くはなく……なんともタイプにはまりにくく、それでも本人が『もてたい、もてたい』と身だしなみや物言いなどに精一杯気を配りさえすれば、そこそこ“いけてる”感じにはなる……それが翼だった。

『だから、あいつには歳上のほうがいいかも』というのが、航一の推薦の弁だった。

 恋愛体験がある真美は、彼氏欲しい症候群ではなかったものの、食事ぐらいなら……といった軽いノリで紹介してもらった経緯いきさつがある。

 だからこそ、つばさの怪しげな行動をまず航一に告げたあやに、

「そんなことぐらいで疑ってやるなよ」

と、呆れ顔で航一は怒った。

「……だって、“お声が聴けるのが嬉しいです”なんて、言ってたし」

「やりとりの全部を聴いたのか?」

「ううん、そこだけ、声が大きかったから」

「だったら、浮気なんてわからないだろ」

「でも……ぜったい、そうだわ」

「だ、か、ら、それが、お、か、し、いンだだってば。ラブホから出てきたところを直撃したのなら別だけど」

「なんであたしがラブホの前で待ち構えてなければいけないのよ」


 航一と綾には口論になるのは珍しいことで、なにやら航一のほうはそんなやりとりを面白がっているふうにも綾にはみえた。

「一度、翼クンにいてみてよ」

「なんでおれが? 第一、浮気のひとつやふたつ、どうってこたぁないだろ」

「え? なに? なんて? それ、へん、絶対、ヘン」


 ……これで収拾がつかなくなって、その翌日、とうとう綾は真美まみを呼び出して伝えたのだ。

 それが二か月前のことで、最初は笑って真に受けなかった真美まみだったが、それとなく様子見ようすみをしていたところ、浮気かどうかまではわからないまでも、たしかにつばさの行動には不審が萌芽する素因があるようにもおもえてきて、なんとなく真美は、すっきりしない天候の気まぐれに翻弄ほんろうされていたのだった……。

 やっぱり浮気かも……とあやがつぶやいてから、

「・・・・・」

と、無言のままだった真美まみが、

「実はね……」

と、吹っ切れたように喋り出した。

「……別れることに決めたの」

「え? やっぱり、浮気してた?」

「ううん、それはわかんない……」

「じゃ、あ、ど、どうして?」

「だって、まだ、つきあってる感覚ないし、だから、別れる、っていう言い方、おかしいかもだけど、ここはいったん白紙にもどして……」

「は、はくし?」


 アッとあやが驚いたのは、真美まみの元カレのニックネームが、“ハクシ”だったからだ……。

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