エイルの挑戦状05

 蒸し暑い。ひっきりなしの雨粒が、LEDの街灯を反射して鬱陶しい。

 あたしはぬるい土砂降りに赤い傘をさして、バイト帰りの家路を急いでいた。

 雨の夜は街灯をにじませながらも暗い。

 家まであと三分という道端。あたしは濡れた段ボール箱に捨てられた動物を見つけてしまった。

 近所のスーパーの段ボール箱に片足を突っ込んで立つ、土砂降りの中で白いスーツを着たスマートな男。

 キング・オブ・ポップ『舞蹴・ジャクソン』だ。

 顔は夜天を仰いで、白いスーツを着こなした長身がしとどに土砂降りに濡れている。湿りながらも色鮮やかな青のワイシャツ。『ストレンジャー・イン・モスクワ』が聴こえてくる様な光景。

「ホー……」舞蹴が哀しく鳴いた。

 雨に濡れる寂しい姿はあたしの保護本能を刺激する。

 いけないと理解しつつ、あたしは背伸びして、雨に濡れる舞蹴に赤い傘をさしかけていた。

 あたしと舞蹴は家へ急ぐ。

 勿論、舞蹴を家に連れて帰ると家族からは反対の嵐。

「うちはペットを飼う余裕はない、といつも言ってるでしょう!」

 特に母は猛反対した。『クリムゾン・キングの宮殿』のポスターを「気持ち悪い!」と捨てるくらい、アミューズには理解がない母だ。

「フーズ・バーッ……」

 舞蹴がまた哀しそうに鳴くが、あたしは彼を元の場所に戻すべく、空の段ボール箱を抱えて歩き出した。舞蹴はあたしの後をトボトボとついてくる。傘を貸してあげられた事がせめてもの母の情けだ。

 あたしは舞蹴と別れるのが寂しくて、あの出会った場所へ行くのに遠回りの道を選んだ。

 遠回りの道は、近所の大きな寺にある墓場の沿道だった。

 あたしと舞蹴が歩く。

 するとそれに反応して、墓石のある土が次次と盛り上がり始めた。

 あたしは突然変わった風の涼しさに振り向いて、恐怖の叫びを飲み込んだ。

 何十もの朽ちた死体が墓場からこちらに向かってのそのそと歩いてくる。割れた爪を眼窩の高さに上げ、乱杭歯は黒い液体を口からこぼしながら歯噛みする。

 白い着物をはだけた、呪われた人食い鬼。

 ここは火葬ではなかったのか!? ゾンビーの襲撃にあたしの身体は強張った。

「助けて! 舞蹴!」

 あたしが叫ぶと舞蹴は戸惑いの顔をした。

「踊って、舞蹴! あなたのダンスは人を救うダンスなんでしょ!?」

 その瞬間、いつの間にか雨が止んだ空に一筋の流星が鳴れる。

「ホー!」

 舞蹴は眼を輝かせて吠えた。

 ムーンウォークであたしを追い越すと、濡れた滴を遠心力で弾き飛ばしながらクルクルとその場でスピンする。

「ホーゥ!」

 スピンが止まる、と、同時に『スリラー』をBGMにして、舞蹴とゾンビー軍団がシンクロして踊り始めた。重重しかったゾンビーが軽やかに舞うと。他人には聴こえないBGMのボルテージが高まる。

「ホーゥ!」

 舞蹴の身体がまるで重力の束縛を振り切る様に傾いだ。ゼロ・グラヴィティ。足裏を地面に固定したまま、身体が斜め四五度まで倒れる。完全に倒れそうで倒れない、その華麗な危うさは全てのゾンビーの姿勢とシンクロし、舞蹴とゾンビーは同じ角度で空気にもたれかかる。

「ホウッ!」

 頭上に伸ばした手でフィンガークラップすると、ゾンビーは皆、糸が切れたかの様に地面へと倒れ込み、同時に爆発して死んだ。

 残った舞蹴は白い帽子のつばに手をかけ、粋に吠える。

「やったわ! やっぱりあなたはキング・オブ・ポップね!」

 あたしのハートの鼓動が高まった。ダンスで敵を全滅させるこんな素敵な生き物を捨てるなんてとても出来ない。

 段ボール箱を放り出すと『マン・イン・ザ・ミラー』をBGMに舞蹴を連れて家へ戻った。

 家の前では、母の凄まじい怒号があたし達を出迎えた。

「聞いたわよッ! その生き物のせいで墓場の死体が蘇ったんだってッ!?」

「違うわ! 舞蹴のせいじゃない!」叫びながらも舞蹴の存在以外に死体が蘇った理由が思いつかなかったが、それは無視した。「舞蹴のダンスは人を救えるダンスなの! あたしも舞蹴のおかげで助かったのよ!」

「ダンスで人の命は救えません!」

「あたしが救われたって言ってるのに……!」あたしは母の意固地に怒りさえ覚えていた。しかし、ここでふと悪知恵が浮かんだ。「……ここだけの話、舞蹴をうちに迎えれば音楽の印税が全てうちの物になるわよ」あたしはこっそりと囁いた。

 それを聞いた瞬間、見開かれた母の眼が現金色になった。

 脳内計算機がフル回転で唸りを挙げたのがあたしにも解った。

「……いいでしょう。その代わり、あなたがちゃんと世話するのよ」

 母は折れた。

 印税目当ての肉親に心で舌を出しながら、あたしは舞蹴の手をとって大きな声で喜んだ。

「よかったわ、舞蹴っ!! これでずーっとあたし達は一緒よっ!!」

 あたしの声は大きすぎたらしい。町内の窓やサッシが次次と開き、お隣さん達が何があったのかと覗きに来たのだ。雨上がりの夜空に室内照明が白く漏れる。

 突然の注視にあたしはさすがに恥ずかしさを覚えたが、これは町内の好感度を稼ぐタイミングだと思いつく。

「皆さーんっ!! ここにいるのがあたしの素敵な舞蹴でーすっ!! これからよろしくねーっ!! ……さ、舞蹴。素敵なダンスを皆に見せてあげて」

「ホーッ!」

 舞蹴は『スムーズ・クリミナル』をBGMに踊り始めた。

 ここを見ているご町内の老若男女の皆様もシンクロしてダンスする。まるでダンスレッスンの様な一体感だ。

「お、おう! 身体が」

「勝手に踊り出しますねえ」

「何という素敵なダンス」

「二年ぶりに腰がのびましたよ」

 皆に舞蹴のダンスは好評な様だ。

 舞蹴の身体が足裏を地につけたまま、斜め四五度の角度で傾く。舞蹴とご町内の皆様は同じ角度で空気にもたれかかる。

「ホウッ!」

 頭上に伸ばした手でフィンガークラップすると、ご近所さんは皆、糸が切れたかの様に倒れ込み、同時に爆発して死んだ。

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