第4-4話 【宮廷財務卿転落サイド】増える現場「ヨシ!」と逃げ出す住民たち

 

「あれ? フレッドさん、引っ越すのかい?」


 ここは帝都外縁部の住宅街。


 散歩していた住人のオバさんは、近所のフレッドさんちが荷作りしているのに気づき、声を掛ける。


 ふと、フレッドさんの家を見上げると、2階の右半分が半壊しており、壁は焼け焦げている。

 先日の”モンスター侵入事案”の被害である。


「ああ、ウチは幸いにも旦那が軽いケガするだけで済んだけどね……隣の街区じゃ何人も亡くなったらしいよ」


「ウチも家の補償申請を役所に出したけど……”半壊”は対象外ですって!」


「ひどい話じゃない? 経費削減だか知らないけど、カールさんだっけ?が設置してたダメージ床を撤去したのは役所の都合なのにさ」


 フレッド家の奥さんはたいそう憤慨している。


「お偉いさんは金持ちの少ない外縁部の住人なんて、バリヤーくらいに思ってるかもしんないけどさ!」


「このままじゃ命がいくつあっても足んないから、引っ越すことにした。 ちょうど旦那の親戚がカイナー地方にいて……田舎だけどさっきのカールさんが領主になってからめきめき発展してるらしいし……」


 そういえば魚屋のレイさんも移住を考えてるって言ってたな……オバさんは自分ちもどうしようかと真剣に考え始めるのであった。


 このような光景は帝都の各所で見られ、徐々に街から人口の流出が始まっていた。



 ***  ***


「あ~ん? なんて読むんダスこれ? 帝国公用語は難しいダスよ」


 ここは魔軍界から帝国を守る壁”へスラーライン”某所。


 さすがに全廃するワケにはいかなかった、魔物の侵入を防ぐ”ダメージ床零式”……その保守メンテナンスを業者から丸投げされた外国人のスタッフは困っていた。


 そもそも帝国語にはあまり堪能じゃないので、ちょくちょく整備マニュアルに読めないところがある。


 しかも自分は魔導洗濯機職人である……同じ魔導器具なのだからできるだろう! と、丸投げ元の業者が無茶ぶりしてきたのだ。


「まあ、なんでもいいダス。 どうせ大した金貰ってないから、言われた通り適当にやるダス……チェックも甘いし」


 安い金でこき使われる下請けに仕事への情熱や、正確性を求めるのは間違いなのだ。


 例のごとくこのスタッフも、7割くらいしか理解できないマニュアルと、見たことのない魔導器具を前に、心を殺して一応手順通りに作業を進めるのだった。


「えーと、AプラグをBソケット……ん、Dか? ここよく読めないな……まあ、Bだろ、ヨシ!」


 一応メンテナンスは済んだはず……最後に手順通り?配線を戻したことを確認すると、スタッフは起動スイッチを入れる。


 ヴイイイイイィィンン……


 静かな作動音を立てながら、発動するダメージ床。


 よしよし! 魔導器具なんてもんは、線をつないでスイッチ入れれば動くのである!

 これでワシもダメージ床技術者の実績ゲットダス!


 スタッフは、作業報告書に「問題なし」と記入すると、上機嫌で現場を後にした。


「…………」


 それを陰から見守る妖しい人影。


 彼が提出した作業報告書には致命的な誤りがあったのだが、その報告書が帝国政府の所まで上がった時に、なぜかその誤りが修正されていた。


 そのまま誰も作業ミスに気づくことが無く……。


 ……1週間後、きわめて頑丈に作られていた”ダメージ床零式”も、配線が間違えて繋がれたことによる過負荷に耐え切れず、小さな爆発を起こして破壊されるのだった。



 ***  ***


「……ということで、”へスラーライン”第33管区のダメージ床は全壊しました。 復旧のめどは立っておりません」


 クリストフの隣に立った秘書がやる気なさそうに報告する。


 以前の秘書は、先日転職すると言い残して辞めてしまった……仕方なく財務局内部から急遽補充したが、辞退が相次ぎ最終的にやる気のないコイツになった。


 まったく……帝国財務卿と帝国軍務卿を兼ねる俺の秘書をする栄誉がいらないとか……いつの間に財務局は腑抜けの集団になったのだ……!


「それで……損害賠償の件はどうなった?」


 まったく嘆かわしい……クリストフは自分に原因があるとは思わず、財務局のレベル低下を憂いながら秘書に確認する。


「それが……依頼先の企業が倒産しまして……賠償の請求先がありません」


「……なんだと?」


 コイツ今なんて言った? 賠償を請求できないだと?


「……はあ、依頼先の会社が無くなりました。 たぶん計画倒産ですね……責任者も行方不明です」


「そんなもの実際に作業した下請けを探して払わせるとか、やりようがあるだろう! なんとかしろ!」


 イラついて叫ぶクリストフに適当に頷きながら秘書は考える……いやぁ、世の中には契約というものがありますから多分無理ですけどね。


 秘書はそう考えると、仕事を進めているふりを続けるのだった。



 ***  ***


「む、むむ……クリストフよ、さすがに大丈夫なのかね?」


 ここは皇帝の私室……皇帝ゲルトは最近頻発する問題についてクリストフに確認するため、彼を呼び出していた。


 黒塗りの高級ソファーに座るクリストフのもとには彼の私設秘書であるアンジェラが立っている。


 いつもは地味な彼女も、皇帝に謁見するからなのか、清楚なナイトドレスを着ている。


 うむむ……このスタイル、美味そうだな……今度貸してくれと頼もうか……。

 こんな時ですらゲルトはゲスな事を考えていた。


「陛下……お騒がせして申し訳ありません」


「”へスラーライン”の件は、本格量産に入った魔導傀儡兵でカバーできております」


「帝都から移住する者が増えている件に対しては……住民税の減税と、他地域への移住に対して高い税金を掛けることにしました」


「陛下のご尽力により、豊かな生活を送れていることを忘れた愚民どもに遠慮する必要はありません……」


 矢継ぎ早に対策を答えるクリストフ……実はあまり大丈夫ではないのだが、このボンクラ皇帝に正確な報告などしても無駄だ……クリストフはそう判断していた。


「お、おお……さすがクリストフだ……だ、だが、皇宮への魔物の侵入だけは無いようにな」


「御意……皇宮の警備は最高レベルの兵士と魔導傀儡兵に任せております。 ご安心を」


 クリストフの言葉に、ようやく安堵の表情を見せるゲルト。

 この男、自分だけ良ければいいのだな……だからこそ操りやすいのだが。


「ふふ……大丈夫です陛下……クリストフ閣下が誤ることはございません……」


「私の技術は絶対……さあ、もっと削減を……もっと愚民は締め付けましょう……?」


 ふわり……どこからか甘いにおいがする。


 ああ……彼女の言う事を聞いていれば大丈夫だ。


 どこかとろんとした目をするクリストフとゲルトを、妖しく笑うアンジェラの瞳が見つめていた。

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