四十着目「復活の呪文:ヤレヤレ……」

 ダメだ、怒りに任せてリョーマ君をさらに萎縮させてしまった……


 つい、先日リストラに遭った僕からしてみれば、既に諦めてしまってるリョーマ君がトコトコン赦せない。

 こんなに復活のチャンスを貰っておいて、今、必死に頑張れば道が開けるのに、彼は全くそれに気づいていない。

 挙句、カンニングという楽な方法を取る始末。


 普段だったら、他人に無関心な僕なのに……無性に腹が立つ。

 世の中、頑張ってもどうにもならない事があることを経験した僕だからこそだと思う。


『クソッ、なんでコイツ全然言う事を聞いてくれないんだっ!』

 イライラする程、状況が悪くなってゆく。僕は心の中で叫んだ。


 てか、リョーマ君がポンコツ過ぎる……

 彼と同じ年の頃、僕はどうだったのだろうか?


 あの頃を思い出す……


 僕も昔、ずっと泣いていた。


 ちょうど、彼と同じ年の頃、僕は新卒で入った会社が合わず、四苦八苦していた。

 地元から離れ、気軽に愚痴をこぼす友人もいない。

 慣れない土地で、孤独だった。


 帳簿もわからず経理部に配属された。

 同期の事務の女の子達は、みんな『本気になったらO原』の出身だ。

 専門的な訓練を積んで来た子達と、僕の処理能力は歴然だった。

 それでいて、総合職で入社した僕は、彼女達よりも給料が高かった。

 それはもう、年下の十九、ハタチの子達に、たいそう疎まれた。

 夜中、布団に包まりながら、どうしたら良いかわからず、何も出来ず毎晩泣いていた。

 そして、僕は早々と地元に逃げ帰った。


『あ~、同じか……。O原出身とか関係ないか……。僕もリョーマ君と同じか……』

 きっと、逆の立場だったら僕もリョーマ君と同じ行動を取っていたかも……


 そんな、物思いに耽っていると……


「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 涙ながらに、リョーマ君が僕に頭を下げていた。


 その光景が、また昔の僕を思い起こさせた……

 以前の会社での出来事。

 新人の頃、僕は3次元CADの初級コースのマニュアル作成をしていたが、進捗状況は全く進まなかった。

 締め切りとコースの開講日だけが迫ってくる。

 唯一、進めていた事と言えば、辞表の用意。

 僕は、また逃げようとしていた。

 そして、ある時、同期に全く仕事が進んでいない事がバレた。

 いや、連携して仕事してるんだ。バレて当然。さっき、吉野執事から指摘されたように、僕は他人と協力するのが苦手だ。

 一人でなんでも抱え込む。良い事もそして……悪い事も。

 そこからの状況は、地獄だった。

 同期から、耐え難い罵声を浴びせられ、すぐに社長に報告が行ってしまった。

 僕は、今のリョーマ君のように「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝罪の言葉を連呼するしか出来なかった。


 もうこれはダメだと、ポケットに入れておいた辞表に手を伸ばす……


「ヤレヤレ……」

 同期の呆れた声は、魔法の言葉のように聞こえた。


「俺達も手分けしてやろうぜ」

 そこから、ぶっ通しで同期達とマニュアルを作成した。おまけに模擬授業も聞いてくれた。

 彼らだって、自分の仕事を抱えてるのにも関わらずだ。


 時刻は、もうとっくに深夜

『ガチャッ』

 そこへ、社長が入って来た。

 報告は既に行ってる。僕はクビだ……と覚悟を決めた。


「ホラ、お前らあんまり無理するなよ」

 社長はビニール袋いっぱいに、『からあげ君』と『リポD』を差し入れしてくれた。


「残業代は、きっちり請求させて貰いますからね」

 同期の一人が冗談っぽく社長に言った。


「へいへい……」

 渋い顔をしながら、社長は去っていった。


 こうして、僕は無事、講師デビューを果たすことが出来た。


 彼らが僕にしてくれた事、今の僕ならリョーマ君に同じ事が出来るかも、この御恩、返すのは今なのかもしれない……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る