二十一着目「僕は、いつの間にか『トレビアン』を欲している」

「あの……どうして、俺受かったんですか?」

 吉野執事に、質問をするリョーマ君


「面接やその採点基準等に関する事は、一切お答え出来ない決まりとなっております」

 吉野執事は、ピシャリとリョーマ君の要望を断った。


 まあ、普通はそうだよね……。

 もう、いいじゃ~ん。面接の事もクソノッポの事もあんま思い出したくないよ~……。

 というのが、僕の本音だった。


「夕太郎君、キミがなぜ選考を通過したか知りたいですか?」


『……!?』

 なぜ、こっちに振ったし……。

 突然の問いにビックリしながらも僕は「いいえ」と即答した。


 社畜の経験から言わせて貰うと、この問いは非常にキケンだ。

 さっきから、僕の社畜危機察知センサーが『ピューイィ!』『ピューイィ!』と鳴りやまない。

 どうせ最後に発破掛けられ、怒られるんだから、無駄なリスクは避けた方が無難よ……。


「そこまで、言うならば、君達に特別に教えて差し上げましょう!」

 吉野執事の予想だにしなかった返答に、僕は、芸人のように、右肩をズリッと落とし、


「いや……僕は、『いいえ』と答えたはずですが……」


「夕太郎君、キミは使用人として、とても大切な能力を既に身に付けておられます。素晴らしい!

 だからこそ、私も君達の真剣な眼差しに心打たれました。

 自らの欲望を律し、主人の為に一歩下がるというは、使用人として、欠かせない能力でございます。

 この、“引き際”というのは、ケースバイケースがほとんどでありますから、こちらが何度伝えても、出来ない人は、“それが出来ない”のです。

 これにはやはり、センスが不可欠。とても大切な心掛けでございますよ」


 いや、ちげーから、何勘違いしてんだよ💢このおっさんは……。

 おっと、お口がわるぅございました……。

 てか、『トレビアン』付けるの忘れてるぞっ、と……。いつの間にか僕は、『トレビアン』を欲していた。


「あー、ありがとうございますー」

 僕は、いまいち釈然としないままも、セリフ棒読みで一応お礼をした。


「いえいえ、己に探求心を持つ事は、決して悪い事ではございません。

 私は、君達の気持ちになるべく寄り添いたいですからね」


 いや、リョーマ君の気持ちにしか、寄り添ってねーからな……。


「さっきから、夕太郎君の話ばかり……なんで、このおさーんは、受かったんダョ……」

 リョーマ君は、拗ねてしまったのか、いきなり爆弾発言をかましてきた。


「いやいや、本当になっ(笑)って、オーイッ!」

 つい、慣れない乗りツッコみをしてしまい、恥ずかしく赤面してしまった。

」てなんだよ。百歩譲って「」だろ!イマドキの若者の流行り言葉か?……。


「リョーマ君、一つ忠告しておきましょう

 ふーっ、

 私共使用人は、上は80代から、下は18才まで、幅広い年齢層の方が、お嬢様やお坊ちゃまの為に日々、お勤めなさっております。

 それは、ご帰宅されるお嬢様やおぼっちゃまに『凝り固まった思考に捉われず、広い視野を持って人間性を養って欲しい』という、大旦那様の強い願いでもございます。

 さらに付け加えますと、年齢によって、人を見下したりする行為は、同時に我らの仲間を侮辱する行為に相当します」

 

『よって、ロビンズエッグブルーの名に於いて、いつ如何なる時も年齢差別は赦されません』

 吉野執事は、決して叱るでもなく、怒鳴るでもなく、まるで父親が子供に諭すように、冷静にゆっくりと、話しかけていた。

 時折見せる感情の機微が、より真に迫るものがあった。


 あらやだ、カッコいい……ぽっ……。

 と思ったが、さっき下のホールでメチャクチャ年齢差別受けたがココにいますけどね……。

 まぁ、別に“チクったり”はしないよ……。


「すみませんでした。次から気を付けます」


 リョーマ君は、思った事をすぐ口に出すタイプで、根は素直で、きっと本人は悪気はないんだろうな~

 若さ故の過ちってヤツか~、僕も若い時、同じように考えてたかもしんないし……。


「先日の面接に関しては、トータル的にみて、夕太郎君が他の志願者よりも一歩抜きん出て居りました」


「えっ!?そうなの!?」

 僕は、まさかの評価につい声を上げてしまった。


「リョーマ君、キミは、夕太郎君の良い所をお気付きではないのでしょうか?」


「えー、だって、まだ会って二回目ですし、イマイチわからないです」

 まっ、君にとって僕は、ただのだもんな……。


「では、逆に夕太郎君にお伺いします。キミは、リョーマ君の良い所をお気付きですか?」

 吉野執事は、同じ質問を僕にしてきた。


「う~ん、根が素直で真っすぐな所とか、若くて初々しい所とかは、一緒に居て可愛いなと思いますよ。

 僕にはないので、とても羨ましく思います。まー、たまににビックリさせられますけどね。

 それら全部をひっくるめて、“ほっとけない感じ”は、リョーマ君の魅力だと思います」


「エヘヘッ……」

 リョーマ君はまんざらでもない様子で、照れながら頭をかいていた。

 どうやら、「スネちゃま」はご満悦のご様子だった。

 フンッ……ガキなんて、チョロイもんだぜ……。


「えっ、怒ってないの?」

 リョーマ君は、不思議そうな顔をして、僕を覗いて来た。


「そんな事でイチイチ怒るかよ。をあまりナメんなよw」


『フッ……』

 僕は、これがトドメとばかりに、今は亡きクソノッポ野郎のマネをして髪をかき上げた。

 これが、最近の僕のマイブームだ。


「はい、お分かり頂けましたでしょうか?

 これが現時点での、君達の能力の違いです。

 これがもし仮に、下のホールでの出来事で、良い所を伝える相手がお嬢様だったとしたら……お嬢様は給仕してもらいたいと思いますか?」


「俺が、もしお嬢様だったとしたら、悔しいけど……夕太郎君にお給仕して貰いたいです」


「トレビアン!お二人は、時にライバル、そして、時に仲間でございます。

 相手の良い所を素直に認める。これこそが使用人道の第一歩でございますよ!

 悔しく思う気持ちは、本気の証拠、成長の証でございます」

 吉野執事は、リョーマ君の成長ぶりに興奮を隠さなかった。


 いいな~、『トレビアン』貰えて……。

 僕は、いつの間にか『トレビアン』を欲している……。

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