十九着目「Initiation」

「本日より研修生が2名入社しました。君達こちらへ」

 そう促され、僕らは壇上へと上がった。

 朝礼を進行しているのは、執事喫茶特集でテレビに登場していた若い執事だった。


「わぁ、本当に実在した人だったんだぁ~」

 僕は、小声で感嘆の声を上げ、胸が躍った。


「あの人が、一縷いちるさんだよ」

 小声でイケちゃんが教えてくれた。


「後で、紹介するから、君たちは、ちょっとそこで待ってて」

 一縷さんがそう言うと、僕らは壇上の隅で待機した。


 何にもする事がないので、僕は、一縷さんをボーッと眺めた。

 年齢は、20代半ば~後半に見える。身長は170cm位、スリムに見えるけど、近くで見たら割とガッチリしていた。

 一番の特徴は、ヘルメットみたいな髪型をしていた。

 その髪型についても、『執事の漫画のモデルになった人だよ』と後でイケちゃんが教えてくれたが、その漫画を読んだ事のない僕としては、特に感動もなく、ただヘルメットのようにしか見えなかった。


 次にホール全体を見渡した。

 この喫茶店は、とてもユニークな作りになっている。

 玄関→壇上→客席という構造になっており、お客様は、必ずこの壇上で立ち止まる。

 そして、豪華なシャンデリア(ちなみに、全てスワロフスキークリスタル)を見上げ、辺りを見渡すと、絵画やカップ棚に置かれた瀟洒なティーカップのコレクションを目で堪能することが出来る。

その後、お席に案内される仕組みとなっているのだ。


 初めてなのに、何故、詳しいかって?

 あれから、動画サイトで何度も何度も勉強したのだからね~。


『フッ』

 僕は、クソノッポのマネをして、髪をかき上げる。


 選考を通過したのは、僕らだけなのを、イケちゃんから教えて貰った。


「クックック、ご愁傷様」

 あれだけ、自信あり気だったのに、落ちたクソノッポ野郎を思うと、ニマニマが止まらない。


「フッ……これは、彼へのレクイエムだよ~!」

 僕は、改めて髪をかき上げ、クソノッポのマネをした。


「ちょっと、こんな時に何やってんだよっ……」

 小声で、イケちゃんにツッコまれた。


 ゴメン、壇上に上がると、何故かテンションが上がるんだ……。


「では、新人くん達、下の名前と年齢と抱負をお願いします」

 一縷さんが、本日の業務連絡を伝え終えると、僕らは壇上の真ん中に案内された。


 スッと、イケちゃんが一歩前に出る。

「リョーマです。え~っと年は、21歳。抱負は、ロビンズエッグブルーの一員になる事にずっと憧れていました。憧れを現実にするよう研修頑張ります。」


『パチパチパチ』

 執事達が拍手をする。


 あの子「リョーマ君」って言うんだ……。初めてイケちゃんの名前を知った。


 前例に倣って、僕も一歩前に出た。


 改めて、全体を見渡し、執事一同の顔ぶれを確認した。

 執事さん達にもいろんな人がいるんだな~と思った。

 チャラそうな子もいれば、真面目そうな子も、見るからにオタクな子もいる。

 というか、面接では、頭髪は黒髪オンリーと聞いていたのに、茶髪や金髪もおり、まるで信号機のようだった。

 あー、あと長髪もNGと聞いたのに、髪の長い執事さんもいる。

 一番ビックリしたのは、年齢層の幅広さだ。おじいちゃんもいれば、まだ未成年っぽい18、19歳くらいの子もいる。

 でも、やっぱり一番多いのは、20代ぐらいの子達かな……

 その中で、異様に目立ってる執事さんがいた。坊主頭に燕尾服を着た若い執事だ。


 えっ……あれは野球少年か?はたまた、Vシネとかで、冒頭すぐやられちゃう鉄砲玉か?……。

 目つきが座ってるから、後者だな……。

 でも、さすがに「鉄砲玉」とは呼べないから、「野球少年」にしよう……。

 僕は、先輩に“忖度”した。


 いかん、いかん、今は仲良く自己紹介タイムだ……

「初めまして、私、夕太郎と申します。皆さんがこれまで築き上げた、歴史を守り、信頼と実績に恥じぬよう精一杯、一日でも早く皆様のお役に立てるよう頑張ります!」


 よーしぃ!今、良い事言ったー。良い事言ったったわ!!……。

 僕は、心の中でガッツポーズをした。


 しかし、みんな、眠そうな顔をしていた。


 おい!なんでやねん!!……。

 僕のモチベと皆とでは、かなり乖離があるように感じた。


「キミ、年齢は?」


「あっ、すみません。にっ、にじゅうはちです。」


『ざわ…ざわ…』

『ざわ…ざわ…』

『ざわ…ざわ…』

 執事の面々がざわつく


 ホールの方から、ヒソヒソ話が聞こえて来た。

「えっ!?いま28って言った?ウソだろ!?」

「げっ、28に見えねえ……」

「28だって……」

「マジかよ……若くね?」


 さっきの素晴らしい僕の抱負はガン無視で、年齢の話題ばかり口にする執事一同に、僕は『イラッ』とした。

 って言うか、なんで年齢言わなきゃいけないんだよ……カンケーねーじゃん……。


『ざわ…ざわ…』

『ざわ…ざわ…』

 暫く、ざわざわしていた。


 おまえらカイジか!?……。

 まぁ、地下だし、皆、黒服だし、ある意味そうかも……。僕は無理矢理、納得しようと努力した。


「コラッ!拍手」

 一縷さんが叱責すると、慌てて拍手をする執事達。


『パチパチパチ』


 もう、そんな拍手いらんし……。

 僕は、初っ端から、出鼻を挫かれた気分がしてガッカリした。


 程なくして、朝礼が終わると、一縷さんが気さくに挨拶をしてくれた。

「ハハハッ、朝礼お疲れチャン!俺は、一縷いちるって言うんだ。よろしくな!」


「はい、先ほど、リョーマ君より、お名前を教えて貰いました」


「うんうん、君たちも頑張って、一日も早く、僕らのようになってくれよ!

 だけじゃ野球できないからな!早く、二塁と三塁も欲しいからね!」


「はー……」

 ジョークが異次元過ぎて、正直、なに言ってんだコイツ?と思ってしまった……

 さっきの事もあり、僕は、大分、執事への憧れが減退していた。


 一方、リョーマ君は、目をキラキラとさせていた。

「はい!俺が、一縷さんの二塁になります!」


「はぁ……」

 あー、もうわけわかんね……。

 僕は、会話についていけず、溜息をついていた。


「このおさーんは、四塁でも五塁でもいいと思います!」


『ん!?』

 僕は、ハトが豆鉄砲を喰らったかのようにビックリした。

 リョーマ君……小っちゃくて、可愛い顔しながら、意外とクズなんだな……。


 一縷さんが僕の顔をジッと見つめてくる。


「……?」

 何で僕を見るのか、しばらく訳が分からず、沈黙が続いた。


 沈黙の時間が続くと共に、一縷さんの僕に“何か”期待を込めて、目力が強くなってゆく。


『ゴホン、ゴホン』

 リョーマ君が咳払いをしながら、肘で合図を送る。


「ん?……。あー、そういうことか!」

 やっと、理解出来た僕は、手のひらをポンッと叩いた。

 要するに、先輩にを使えということか……。


「あー、僕は……、ベンチで大丈夫です(苦笑)」


「……」

 一縷さんは、何も言わなかったが、明らかに不機嫌そうな、にがーい顔をした。


 そんな時、背後から、誰かが僕の肩をガッと掴んで来た。

「わっ!」


 僕がビックリして、後ろを振り向くと、さっきの“野球少年”だった。

「お前、見込みあるわ」


「じゃぁな」

 野球少年は、僕の肩をポンッと叩き、背を向けて挨拶し、颯爽と去って行った。

 きっと、彼は、僕らの一部始終を観ていて、フォローに入ってくれたようだった。

 僕が思ってたよりも野球少年は、ずっとクールビューティだった。


 しかし、一縷さんは、野球少年が間に入って来たのが、よっぽど、面白くなかったのか、さらに苦々しい顔をしていた。


「大丈夫ッス!一縷さん。俺が二塁も三塁もやります!!」

 リョーマ君が、すかさずした。


「そうかそうか!リョーマ君、キミは見込みがあるぞ!ハハハッ!」

 すると、一縷さんは、気分を良くし、リョーマ君の頭をなでなでしていた。


 アイツ、先輩に取り入るの、はやっ……。


 とりあえず、ここにいる人達は、一般的な社会人よりも、良く悪くも自分に正直な人が多いのが、良く判った一例だった……。


 ――そして、僕たちは、一縷さんに案内され、研修室に向かった。


 ――その道中

「一縷さん、さっきは空気読めずゴメンね……」

 僕は、敢えてタメ語を織り交ぜ、一縷さんに謝った。

 これは、僕が社畜として習得した、先輩や上司に可愛がられる話法の一つだ。


「……」

 しばらく間が開く。


「おう、あんま気にすんな」


 だから、その間が怖えーんだよ……。


『トントントン』

 研修室に着き、一縷さんが、扉をノックする。


「はーい」


「失礼致します。吉野執事、研修生二名を連れて参りました」


「はい、ご苦労さん。一縷君」


「はい、失礼します」

 一縷さんは、その場を去った。


「お待ちしてましたよ、達。一先ずは、ようこそロビンズエッグブルーへ!」


『パチパチパチ』

 吉野執事は拍手で、僕らを出迎えてくれた。


 ――気を取り直して、ここからが本番だ。

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