十七着目「Dress code」

「それでは、私が見本をお見せ致します。これと同じ動きを皆さんにもして頂きます」


 ピンと張り詰める空気感の中、吉野執事は、お嬢様役の女性面接官に向かって歩き出した。

 そして、お嬢様の目の前で軽く一礼した後、次の台詞が続いた。


「失礼致します。お嬢様、紅茶をお持ち致しました。

 本日のカップは、イギリスは、ロイヤルアルバートより、ムーンライトローズでございます。

 紅茶は、お嬢様の好きなダージリンをご用意致しました」


 お嬢様の目の前に、ムーンライトローズが置かれた。


 純白のカップに青いバラが優雅に咲き、縁には金の装飾が施されている。

 バラの蕾のような形が、カップの華やかさをより引き立てる。

 曲線がグニュグニュするようなデザイン。

 これは……僕にもわかるぞ、アールヌーボー的な奴だ、きっと。。。


 そんな事を考えていると、吉野執事は、ムーンライトローズに紅茶を注いでいた。

 次にティーポットをテーブルの上に置き、最後にティーポットの上に布製のカバーを被せた。


 僕は、吉野執事の所作や台詞を一時も逃してはいけないと、瞬きすらしてなるものかと、まさに目を皿のように真ん丸にして、全ての動きを見届けた。


 それは、以前テレビで観た内容と全く一緒の動きだった。

 しかし、全く同じ動きのはずなのに、僕が受けた印象は全く別物だった。


 テレビて観た執事は、もっと一つ一つの動きがピタッと止まる瞬間があり、そのメリハリから、力強い印象があった。

 しかし、吉野執事の給仕は、全ての動きが滑らかで、流れるような所作、優雅で優しい印象を受けた。

 執事の個性で、こんなにも給仕に印象が変わってくるものなのかと感心した……


「まあ、ここまでにしときますか。

 先ほど、テストとは申しましたが、あくまでも皆さんがホールに立つイメージをしてみたいだけですので、そんなに緊張しないでくださいね。

 カップの名前等も覚えなくて良いですからね」


 吉野執事は、緊張する僕たちに優しい口調で話しかけてくれた。

 がしかし、社畜に染まる僕の教訓として、人は優しい時ほど警戒しろがモットーだった。


 これらの言葉は、社畜仕様に自動変換された。


『緊張しなくていいよ=絶対にミスんなよ💢』


『覚えなくても良い=死ぬ気で覚えろ』


 これが、世界に誇る日本のSHACHIKU文化だ。


「紅茶をお持ちしましたブツブツ……

 本日のカップは……ロイヤルバートの……ムーライト………ブツブツ」

 他の二人を尻目に、僕は、お経を唱えるように、先ほどの台詞をブツブツと繰り返した。


「おい!お前もう辞めろよ!」

 肩で小突くように、クソノッポ野郎が小声で話しかけてきた。


「ブツブツブツブツ」

 こんな奴に構ってる暇はない。このテストで人生が変わってしまうかもしれないのだ。

 僕は無視してブツブツと台詞を覚えるも、クソノッポ野郎はコソコソ話を続けた。


「お前さ、ムカつくんだよ。

 さっきの志望動機、何だよアレ。何が『私の雰囲気が、執事に向いてるから志望しました』だよ。笑わせんな。どうみても不釣り合いだろ。

 全然ちげーから、身の程わきまえろよ。

 大体、お前、今の格好みてから言え。ドレスコードも守れねー奴が、お嬢様の給仕なんて出来るわけねーだろ。

 みすぼらしい、庶民の格好して来やがってよ!」


「クッ……」

 言われて、改めて気付く己の場違い感に、唇を噛み締め、挫けそうになってしまった。

 僕のちょっとした気持ちの隙に入り込むかのように、彼は言葉を続けた。


「ハッ!お前、目障りなんだよ!とっちゃん坊や♪」

 ニヤニヤと耳元で囁く声に、流石にこちらもカチンと来た。


「すみません、これ以上邪魔すると面接官に言いますよ?」

 僕は、怒りを込めて笑顔で答えた。

 社会人であれば、誰しも一度は使った事のある。社畜の十八番“笑顔で怒る”だ。


「チッ!俺は優しさで言ってやってんだ……」


 こんな不毛なやり取りをしている間に、気付いたら、イケちゃんの給仕が終わっていた。

 あ~、彼の動きも参考にしたかったのに……

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