一着目「youthful days」

「「「「おかえりなさいませ、ご主人様っ! お嬢様っ!」」」」

 カランコロンと来店を表す鐘の音が鳴るやいなや、近くにいたメイドさん達が駆け寄ってきて、軽やかな声でにこやかに出迎えてくれた。

 僕と彼女のあみちゃんは思わず圧倒されてしまう。メイド喫茶に初めて来たというのがとても分かりやすかったと思う。

 メイドさんはそれぞれ違った個性を備えているようだった。綺麗な黒髪ロングで清楚な様子の子もいれば、金髪で見るからにギャルな子がいたり、ツインテールをくるくるとカールさせた如何にもお嬢様な感じの子もいた。

 僕とあみちゃんは案内されてテーブル席につく。メニューを渡されて、システムの説明を受けた。

「……で、ゆたくん、どうよ? 初めてのメイド喫茶は」

 僕と一緒で落ち着かない様子だったあみちゃんだけど、少し慣れてきたらしい。

 ショートボブの髪先を微かに揺らしながら、宝石のように綺麗な大きい瞳でこちらの顔を覗き込み、からかうように言ってきた。

 デートの行き先にメイド喫茶を選んだのは、僕の提案だった。何となく興味があったのでふと言ってみたところ、あみちゃんは好奇心旺盛なタイプなので、それなら行ってみようということになった。

「……まだ何とも」

「そっか。それじゃとりあえず料理を注文しよ。時間制限もあるみたいだし」

 あみちゃんに促される形でメニューを見始める。

 と、そこで違うテーブルからこんな声が聞こえてきた。

「それではご一緒に~、萌え萌えきゅんっ」

 メイドさんのアニメ声に続いて、野太い声が響き渡る。

「萌え萌えキュン!!」

 僕もあみちゃんも思わずそちらを向いた。

 そこでは見るからにオタクな風貌の男性達が、満面の笑顔でメイドさんと同じポーズを取っていた。彼らの手が向かう先にはオムライスがある。どうやらそういうサービスらしい。

「…………」

 流石に口には出さなかったが、自分の頬が引きつっているのが良く分かった。

 きっとここではあれが正しいのだろうけれど、異世界の文化を見ている気分だった。

 そんな風に思ったのは目の前のあみちゃんも同じようで、スッとメニューへと視線を戻した。

 さっきのオムライスのように特別なサービスのある料理もいくつかあったけど、僕も彼女もそれを頼む勇気は出ず、他の無難なものを頼むことにした。

「かしこまりました! 出来上がるまで少々お待ちくださーい」

 僕達はちょうど近くにいたメイドさんに注文し、元気良く去っていく後ろ姿を眺めた。

 周囲からは賑やかな声が聞こえており、視線は自然とそちらを向いていく。

「あ、あれメニューに書いてたやつじゃない?」

 あみちゃんがそう言って軽く首を動かして示した先では、何やらジェンガのようなゲームをしていた。もちろん客だけでなく、メイドさんも一緒だ。大層盛り上がっていた。客側の表情はでれでれだ。

「楽しそうだね」

「ゆたくんもやってみたら?」

「……遠慮しとく」

 他にもメイドさんと一緒に写真を撮っている人もいた。チェキというやつだ。

 こうして見ると、客の姿も様々だと思う。さっきのように見るからにオタクという人もいれば、チャラついたヤンキーのような人もいたり、スーツ姿で真面目そうな人までいる。

「あれ?」

 あみちゃんが不思議そうに首を傾げる。

「どうかした?」

「いや、今入ってきたあの人、さっき会計して出ていかなかったかなって」

 僕もそちらに視線を向けると、確かに一度退店した男性がまた来店しているようだった。

 一人のメイドさんがパパっと駆け寄る。

「おかえりなさいませ、ご主人様っ!」

「早く君に会いたくてね! 電光石火で用事を終わらせてきたよ!」

「嬉しいですっ、それではこちらへどうぞ」

 彼は当たり前のようにさっきいた席に座ると、また新しく注文をしていた。

「時間制だから、ああやって何度も来店するんだ……」

「凄い熱量……」

 あみちゃんと僕は少しの間、驚きで口が半開きになってしまう程だった。

「お待たせしました、お嬢様」

 メイドさんがあみちゃんの頼んだ料理を運んできた。

 だけど、僕の分は一緒じゃない。

 すぐに運ばれてくるのかと思ったが、なかなか運ばれてはこなかった。

「忘れられてるのかな」

「そうかも。言った方が良いよ」

「いや、でも忙しいだけかも知れないし……」

 メイドさんはそれぞれ忙しくしていた。例え客と遊んでいるだけでも、それも仕事の一環だ。なら、遅れていても仕方ない。そんな風に自分を納得させて、もう少し待ってみようとする。

「……はぁ」

 ただ、自然と溜息が出ていた。それは嫌なことがあった時の癖だった。

 すると、あみちゃんは僅かに眉をひそめた後、勢いよく片手を上げて、口を開いた。

「すいませーん!」

「はいっ! いかがされましたか、お嬢様っ?」

「彼の料理が届かないんですけど、注文通ってますか?」

「た、ただちに確認いたします! 少々お待ちください!」

 あみちゃんの言葉に、メイドさんは途端にスッと背筋が伸びて、慌ててキッチンの方へと駆け込んでいった。

「ご、ごめん、言わせちゃって……」

 僕は申し訳なさから頭を下げた。こんなことならさっさと自分で言っておけば良かったと後悔する。

「別にいいよ、これくらい」

 あみちゃんはニッと笑みを浮かべて見せた。

 その笑顔に僕は安堵する。どうやら不快に思わせたわけじゃなさそうだ。

 少しして、さっきのメイドさんが料理を運んできてくれた。深々と頭を下げて謝罪される。注文の確認漏れがあったらしい。

 僕はようやく料理に手をつける。実に普通の味だった。

 先に食べて良い、と言っていたので、あみちゃんは待っている間にもう随分と食べ終わっていた。彼女の視線は店内の一面に備え付けられたスクリーンへと向いている。

 そこではお昼のテレビ番組が流れており、コンセプトカフェ特集という内容だった。

 スクリーンには執事の姿に扮した男性達が客の女性をもてなす様子が映し出されていた。

 それを見てあみちゃんは目をキラキラとさせる。

「わぁ、執事喫茶なんてあるんだ!? いいなぁ、素敵……」

「そう? なんか、店内暗そうだし、辛気臭くない?」

 率直にそんな感想が湧いてしまう光景だった。

 けれど、あみちゃんは僕の言葉なんて気にも留めず、うっとりとしている。

「アフタヌーンティーセットいいな~。執事の人にお皿取って貰いたいし、そのまま紅茶も注いで貰えたら、私フフフッってなっちゃう」

「どれも自分でやった方がいいような……さっぱり良さが分からない」

 執事喫茶の紹介にすっかり熱を上げるあみちゃん。

 やがて、映像では退店の場面となっていた。執事の人が客に対して告げる。

『それではお嬢様、そろそろご出発のお時間でございます。夕食のお時間まではご帰宅くださいませ。ちなみに本日の夕食は……でございます』

「トンカツって」

 僕はそれを聞いて失笑する。こういうのはもっとお洒落なものじゃないのか。

 しかし、あみちゃんの反応はまるで違っていた。

「いやーん、素敵っ」

「えっ?」

 僕はいよいよ唖然とするしかなかった。きっとこの温度差の理由を理解することは出来ないだろう。何か根底的な部分で違ってしまっているに違いない。

 メイド喫茶も琴線に触れるようなことは何一つなかったので、もう来ることはないだろうな、と思った。

「なんか、メイド喫茶って、思ったよりも普通だったね」

「そう?私は楽しかったよ。ニコッ」

 僕はこの笑顔が見れただけで、今日は良かったと思える。

「じゃぁ、明日から仕事頑張れよ!ミスター・オールスリー!」

 唐突に職場のあだ名で呼ばれ、明日からの現実に引き戻される。

「もうやめろって、その呼び方、一気にテンション下がるわ」

「あはは、冗談よ。じゃぁバイバイッまたね」

 元気に手を振るあみちゃんと、恥ずかしそうに手を振る僕。

 何気ない日常が僕にとって何よりも幸せだ。

「うん、またね」

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