きせき

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 依頼人の所有する広大な庭に現れた竜を払い終えた。

 報告のため、屋敷へ向かう。依頼人の家のご主人は立派な髭を生やした恰幅のよい男性だった。肌もつやつやしている。なんらかの事業家らしく、屋敷もまた、恰幅がよかった。

「いやいや、ありがとうございます、おおそうだそうだ、はは、せっかくです、どうぞ、食事をしていってください。じつは、娘もめずらしく料理を手伝ったもので」

 両手をあげてのお誘いだった。奥さんはにこにこしている。娘さんは、ふしみがちだった。

 空腹感もあり「ありがとうございます。では、およばれを」と、食事の誘いを受け入れた。

 案内された食堂には花で飾られた長い食卓があり、すでに食事の用意されていた。座るとあたたかい料理がご主人の家族により運ばれてきた。

 食事開始早々、主人が言った。

「うちの娘と一緒になりませんか」

 おや、っとなって、口に運びかけたひよこ豆を空中でとめる。

「うちの娘、きれいでしょ、料理もうまいでしょ」

 そう言われても、まだ一口も食べてないので料理についてはわからない。ただ、きれいな娘さんではあった。雰囲気を植物で例えるなら睡蓮だった。

 けれど、適切な発言には迷った。ここでの第一声によっては、やっかいな状況に落ち入りかねない。

 けっか、無言になって、ひよこ豆も食べれない。しかたなく見つめたひよこ豆が、ぴよ、っ鳴いた気がした。どうする、ぴよ、っと。

「と、と、と、とう、と」事前の打ち合わせがなかったのか、娘さんは慌てていた。と、と、とうさん、と言うつもりのようだったが、けっきょく「と、と、と、と」と、としか言わず、小動物でも呼んでるみたいになっていた。

 けれど、父親はそのまま続けた。「娘はあなたに興味があるようだ、すなわち、好きなのさ」

「うふふ」隣で、ご婦人が笑う。

 いいのか、うふふ、で。娘の運命がかかっているのに。

「どうかね、竜払いさま」

「とりあえず、竜払いさまはやめてください」

「では、ヨブさん、でしたっけ」

「ヨルです、なまえは」

「ヨルさん」

「はあ」

「いますぐ、うちの娘と一緒になり、この家を継いでくださらないか」

 前のめりになりすぎて、食卓に膝が激突し、食器をゆらした。衝撃でひよこ豆も落ちて皿に戻る。

「あの、選ばれた理由は」

 父と娘どちらに聞けばいいのかわからず、漠然と空間に投げかけたかたちになる。

「おお、そりゃ、もちろん、うち娘が竜払いが好きだからです」

 雑な理由説明に、たまらず娘さんを見た。「あの、娘さん」

「と、と、と」

「いや、やっぱりご主人」

「かんぱーい」

「まて、ご主人。そこのご主人、飲み物を一度おいて」

「いかがいたしましたかな、アブさん」

 虫にされた。

「娘さんは、竜払いが好きなんですか。それとも」

「竜払いが好きなんです」きっぱり言われる。「竜払いであれば、なんだっていいようです」

「つまり、いちばん単位のでかい好意のもたれ方ですね」

「ゆくゆくは、家業を継いでもらいますよ」話をきかず、進めてくる。「わたしも財産もきみのものさ」

「詐欺とかですか」

 問い返す。娘さんは、顔を赤くして、と、と、と、と言い続けている。

「いいや、娘の好きなようにしてやりたいだけだよ。やりたい放題にね」

 父親の娘を想う気持ち。それを表現するには、やや、狂った言語表現を入れてくる。

「とうさん!」とたん、娘さんが席を立ち叫んだ。「は、はずかしいよ!」

 至近距離からの叫びに、身をびっく、としてしまった。

「ああ!」すると今度は母親が立ち上がり、声をあげる。そちらにも、びっく、としてしまう。

「お、おまえ!」父親も大声を出す。さすがに、三回の大声なので耐性がついたのか、びっく、とならずに済んだ。

 一家は席を立ったまま、みんな、ぷるぷるしていた。

 ちいさな劇団っぽい。

 やがて、父親が「お、おまえ、しゃべれるようになったのか!」といった。

 続けて母親が「こ、声を、とりもどしたね!」といい、感極まり出す。

 そうなのか。この娘さんは、声を出せなくなっていたのか。

 とうぜん、その設定を事前に聞いていなかったので、まったく、心がこの奇跡の場になじめない。

 その後、親子は寄り添い、三人で抱き合って泣き出す。もちろん、この劇的な場面に部外者の居場所はない。

 しかたなく、そっと食卓を離れる。それから考えた。

 竜払いが好きなので、竜払いを婿にする。しかし、婿入りしたら家督を継ぐから、竜払いではなくなる。

 となると、けっか、好きなものでもなんでもなくなるじゃないか。

 そう思いながら窓から外へ出た。

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