5.男の戦い

クエスト対象となる魔獣を発見できた。


「・・あれがフェンリルか。初めて見た」


魔獣「フェンリル」。


全長2m強の獰猛な巨大狼に分類される。見た目通り、素早い動きから繰り出される突進、大きな爪や牙は危険。

加えて、魔法も使える、側面、背後に回った敵に対しては咆哮した後、強力な雷魔法を浴びせてくる。

その威力は、魔法に対する抵抗力のある魔術師でも良くてしばらく感電。抵抗力の無い者なら黒焦げ即死級である。


「普通の狼なら、見つかる前に遠距離からの魔法で仕留められる。もし一撃では無理でも、動けなくはなるだろうからとどめは容易だ」


「・・・だが、あいつは、防御魔法は使えないはずだが、魔法抵抗力は高めだ。並の魔法は通じないので、次の瞬間、返り討ちだ」


「やはり真っ向勝負か」


「ああ。とは言えあの巨体だ。皮膚の堅さも並大抵じゃないだろう」


流石Cランクのクエスト対象魔獣。だからこそ、男は最期の相手と選んだのだが。


「・・・まぁ、元よりそのつもりだ。せいぜい足搔いてやるさ」


「・・そうか。せめてもの手向けだ。まず最初に俺が使える最大威力の魔法を食らわせてやる」


男は訝し気に、黒フードの方を見る。


「・・・勘違いするな。少しでも動きを鈍らせておかなければ、流石の俺でも逃げ切ることは難しい。それだけだ」


「ただし、その後は魔力がほとんど無いので、たいした手助けはできない。実質一人で戦うと思ってくれ」


「・・・そして、兄さんがやられそうになったら、囮にして逃げさせてもらう。・・・それでいいな?」


今度は黒フードから念を押してくる。それに対し、吹っ切れたように男は、


「わかっている。・・・悪いが俺のために、生き残ってくれ」


もう二人で語ることはない。



「・・・では、詠唱を開始するぞ。兄さんのいいタイミングで声をかけてくれ」


「・・・・・ああ」


黒フードは、自身の最大攻撃魔法のために詠唱を開始する。

男は、・・ただ集中する。


・・・・これまでを振り返りながら、ただただ、集中する・・・


「いつでもいけるぞ!」


「・・・・・・ 頼む!!」


こうして男の戦いは始まった。



腕前は無いと言っていても、そこは自分より上のDランクだからか、強烈な業火がフェンリルを含めた一帯を襲う。

突然のそれに反応できなかったからか、反射的に抵抗のための魔力を練り上げているのかはわからないが、魔法の業火から耐えるため、動きを止める。


やがて、業火の威力が衰え始めると、機と見たのかフェンリルが飛び出す。・・・魔法が放たれた黒フードめがけて。


そこに、男が立ちふさがる!



(見える!何とか見えるぞ!!)


Cランク級とは言え、D,Eランクにもいる狼は狼だからか、黒フードの先程の攻撃でのダメージが大きいためか。

それとも、死を覚悟した男が、一種の「無我の境地」的な状態に入ったためか。

理由はわからないが、格上のはずの魔獣の攻撃をすんででかわし、剣で斬っていく。


だが、やはり堅い。ダメージは与えているように見えるが、まだまだ倒れそうな気配はない。

・・・それに対し、男の体力は着実に奪われていく。


「しまった!」


利き腕ではない左腕に爪の一撃を食らう。動かせないほど深手ではないが、剣を振り上げるにも支障が出るレベルの傷。

それが、格上魔獣相手には致命的となる。


「これまでか・・」


せめて一太刀。

男はその一撃に賭けるため、危険を承知で一瞬身体を止める。


その時、それは起こった。


ダスン!


止まった男の首筋をかすめ、火球が魔獣の顔に衝突する。

ダメージは恐らく、無いに等しい。


だが、一瞬、フェンリルの視界が炎で遮られる。


「うおおおおおおっ!!!!」


ここぞとばかりに、渾身を込めた剣を一気にフェンリルの首に振り下ろす!


次の瞬間、フェンリルの首は、地面に落ちていた。


ドズゥゥゥーーン!


遅れて、フェンリルの身体も地に倒れる。動く気配はない。


「は、はは・・・」


勝利の歓喜よりも、戸惑いと驚きの方が大きかった。


男は、死に場所を求めて行ったクエストを、この瞬間達成したのだ。

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