第7話 などと犯人は供述しており

「あ、ノロイさまじゃん」


 俺は勝手にそう呼んでいるが、実際の名称は狂乱鼬だとか。

 大型犬くらいある鼬で、やたら俊敏に、そしてデタラメに跳ね回って獲物を翻弄する様子が狂って暴れているように見えることからそう呼ばれている。姿こそ愛くるしいのものの、こいつは風の攻撃魔法まで使う非常に狂暴な肉食の魔獣だ。


 もし、この魔獣を日本に発送できたら『妖怪カマイタチは実在した!』とさぞにぎわうことになるだろう。マスコミまがいの人々がスマートフォンで撮影しようと不用心に近づき、風の刃で惨殺されることになるに違いない。そしてその様子もまた撮影され、拡散され、残念な日常を生きる鬱屈した人々の心を慰めることになるのだ。


 で、その狂乱鼬と対する現地人三人だが、すでに一人はやられて倒れており、もう一人があたふたと手当、回復ポーションらしきものをぶっかけている。そして最後の一人は剣を抜き盾を構え、二人を背に庇い鼬を牽制していた。


「ふむ、態勢の立て直し中か……。いや、何もぼけっと見守ることはないな」


 ここは飛び入り参加、助けに入ることにしよう。

 これがまともな現地人とのファーストコンタクトだ。

 危機を救ったとなれば無下には扱われないはず――という下心を胸に秘め、まずは叫んで注意をひく。


「元気ですかーッ!」


『――ッ!?』


 倒れている者以外――二人と一匹がビクゥッと反応。

 咄嗟だったのでなんだか嫌味にとられかねないことを叫んでしまったが、そこは結果を出すので許してほしいところ。


「元気があればなん――ってさっそく来た!?」


 鼬が俺にターゲットを変え、ピョピョンピョーンと素早いジグザグステップを披露しながら襲いかかってくる。

 きっと防具で身を固めた連中より、俺のほうが仕留めやすいと思ったのだろう。


「――っと」


 とっさにかざした左腕に、ガブゥと食らいつく鼬。


「ん、ちょっと痛いか」


 が、所詮はその程度。

 いまさらでかい鼬に噛みつかれたところで、こんなのは子猫の甘噛み、俺が負傷するようなことはない。

 なにしろ、魔獣ひしめく森の中で二年のサバイバルだ。こんな鼬よりももっとヤバい魔獣たちにざんざん痛めつけられた結果、俺はすっかり『適応』して、この程度ではびくともしない強靱さを手に入れている。


 渾身の噛みつき攻撃がいまいち通用していないことに鼬は一瞬、あれっ、動きをとめたが、すぐに食いついたまま身をよじって俺を地面に引き倒そうとしてくる。

 が、しかし、この森に適応した俺は力も強くなり、もはやこの程度の力比べに負けるようなことはないのだ。


 結果、腕に食いついたきり、ジタバタするだけになった狂乱鼬。

 そんな哀れな鼬の首に、えいやっ、と手刀を叩き込む。

 めきょっ、と折れる首の骨。

 とても地味だが……まあ、討伐完了だ。


「おお、なんとあざやかな!」


 そう感嘆の声をあげたのは、一人で鼬を相手取っていた男――現地人Aだ。彼は革の上着とズボンの上に胴鎧、脛当、籠手など防具を身につけ、顔の前だけ空いた兜を被っている。晒している顔は人相こそ厳ついものであるが、喜びの表情を浮かべているためか親しみを感じさせる。年齢は元の俺と同じくらい、たぶん三十前後だろう。


「えーっと……助けに入っちゃったけど、よかったよな?」


「もちろんだ」


 現地人Aはうなずき、剣をおさめてこちらにやってきた。


「私はユーゼリア騎士団の騎士アロック。貴殿の助力に感謝する」


「どういたしまして。俺はケイン。この森で活動している……狩人みたいなもんだ」


 シルがケインケイン呼ぶのですっかり馴染んではいたが、こうして自分から『ケイン』と名乗るのはこれが初めてだ。

 ちょっと新鮮である。


「んで、どうしてまた騎士さんがこんな森に? ――あ、もしかしてこれ尋ねちゃダメなやつか?」


「ん? いやいや、そんなことはないぞ。ユーゼリア騎士団はこの森に住む魔獣を間引くため、季節ごとに一度遠征を行うのだ。訓練と資金稼ぎもかねている。知られた話だと思ったのだが……」


「あー、俺、こっちに流れてきたくちだから。聞く機会がなかったんだな」


「ふむ、そういうことか」


 ひとまず納得する現地人Aあらためアロック。

 まあ事実だからな。


「ケイン殿、この森で活動しているとのことだが……最近なにか気になったことはないか?」


「気になったこと?」


「何でもいいのだ。例えば、今し方ケイン殿が仕留めた鼬、本来であればもうしばらく進まねば出会わぬ魔獣のはずだ」


「ふむ……」


 悠々自適について思索するあまり意識していなかったが、そう言われてみると、確かに森の様子はおかしかったような……。

 普段、散歩をすれば魔獣との遭遇戦が頻発するのがこの森だ。しかし爆心地から離れ、ここに来るまでまったく魔獣と遭遇しなかった。

 そのことを告げると――


「それは……深部に住む魔獣が浅い場所へと移動しているということになるのだろうな、集団で……」


 うーむ、とアロックは考え込んだ。

 どうもよろしくない状況らしく、表情を曇らせている。


「騎士団の遠征が影響している可能性は?」


「遠征は王国がまだ一地方であった頃からの伝統でな、もしそうなら事例があるのだろうが……そういった話は聞かない」


「となると原因は不明か」


 二年ほど暮らしている森だが、俺が気づかなかっただけで魔獣たちを騒がせる『何か』が起きていたようだ。


 こりゃ森を出ることにしたのは正解だったな、と密かに安堵していたところ、手当していた・されていた現地人BとCもこちらへとやってきた。


「従騎士のバーレイです! お助け戴き、ありがとうございます!」


 手当していた方――現地人Bはバーレイか。

 従騎士とは……たぶん見習いのことなのだろう。見たところ、アロックより装備は劣るようだし、その顔つきも今の俺より若く、いかにも『研修中です!』という雰囲気がある。まだあどけなさの残る顔で、精一杯キリッとして感謝を述べてくる様子は微笑ましい。

 で――


「同じく、私は従騎士のシセリアと申します。危ないところ、ありがとうございました……」


 よろよろしているのが手当されていた現地人Cでシセリア。

 バーレイと同じくまだ若いお嬢さんだ。

 兜がないのは手当のために外されたからだろう。見習いらしく、飴色の髪は短くしている。左の首筋に攻撃を受けたようで飛び散った自身の血がその顔を濡らし、作りが可愛らしく端正であることが余計に悲愴感を漂わせている。褐色の瞳もどこか虚ろだ。


「うむ、私もあらためて礼を言わせてもらおう。本当に助かった。ありがとう」


「あ、いや、どういたしまして。……でも、倒せたんでは?」


 なんとなくだが、この人ならあの鼬くらい仕留められそうな気がする。

 しかしアロックは首を振った。


「いやいや、あの状況では倒しきれずみすみす逃すことになっていただろう。あの鼬は相手が手強いとみれば、悪臭をまき散らしてすぐに逃げるからな……」


 経験があるのか、顔をしかめるアロック。

 そっちから絡んできたくせに『これでも食らえ!』と最後っ屁をぶっ放して逃げていくノロイさまの悪辣さたるや。

 その場に残るのは悪臭と哀愁、そして殺意だけだ。


「ケイン殿、我々はここで拠点へ引き返すことにするが……よければ一緒に来ないか? この遠征には狩った魔獣の買取を行う商人が同行している。私の口利きでその鼬を買い取ってもらえるぞ。ただ現金を持ちこんでいるわけではないので、支払いは王都へ戻ってからになるだろうが……」


「え? こいつ金になるの?」


「んん? ……あ、ああ、よい値がつくはずだぞ。仕留めはしたが毛皮はズタズタ、というのが普通のところ、これはまったくの無傷だからな」


 マジか!

 ならひとまずの生活費はこれでどうにかなる。どうせ王都に向かうつもりだったし、むしろちょうどいいくらいだ。


「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」


「よしきた。ふふ、ケイン殿が一緒ならば帰りは安心だ」


 こうして俺は騎士団の拠点へお邪魔することに決まり、金になるとわかった狂乱鼬は〈猫袋〉に収納する。


『は?』


「ん?」


 その様子を見ていた現地人A・B・Cは目をぱちくり。


「ケイン殿は……その、魔導師なのか?」


「魔法は使えるけど、魔導師ってほどじゃないと思うよ?」


 なにしろ独学――いや、これは自力といったほうが正しいか?


「うむむ……詳しく話を聞きたいところだが、血が流れた。匂いを嗅ぎつけ、なにが寄って来るかもわからん。ここはすみやかに撤退すべきだろう」


 好奇心を抑え込んでアロックは言う。

 確かに、普段よりも危険な魔獣が出没するとあっては、悠長にお喋りをしている場合ではないな。


「バーレイ、シセリアに肩を貸してやれ。道中、先頭は私、真ん中がお前とシセリアだ。ケイン殿には後備えを頼みたい。よろしいか?」


「ああ、問題ない」


「では頼む」


 こうして俺たちは騎士団の拠点へと移動を開始した。

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