第8話 ぐったりした萌花は妄想によって元気を取り戻すっぽいです
「そうか……そういう話だった気がしますね……」
『たたかうお姫様』を読んでいると懐かしい気持ちの方がまさって、純粋に物語を楽しめなくなっている。
それでも、言葉にできないポジティブなものを感じられた。
なにかを得られたような達成感があり、それを認識した途端に睡魔が襲ってきた。
「う……安心したら気が抜けた、みたいな感じなんですかね……」
思っていることをすぐに口に出してしまうほどには意識が混濁している。
お風呂上がりという状態と本を読んだという行動によって、睡魔が活性化したのかもしれない。
はよ寝ろと言われたらはよ寝るしかない。
「髪乾かしてないや……もういいか、寝る」
敬語が抜けて、いよいよ意識がはるか彼方へ飛んでいった。
その翌朝。
髪を乾かさなかったことによって案の定髪がボサボサになってしまったのを朝から必死で直していたから、疲労感がハンパない。
私の髪は腰くらいまで伸びているから、手入れが大変なのだ。
それくらいなら昨日乾かせばよかっただろと思われるだろうが。
そんな登校時のこと。
憂鬱な気持ちで歩いていると、後方から明るくてウザい声が聞こえてきた。
「よっすー! なんで置いてくんだよー!」
朝のだるい時間帯にはつらいほどの大音量で、そいつは私の肩を掴んできた。
……まあ、言うまでもなくうちの弟なのだが。
「はぁ……いつも一緒に登校してないでしょう……」
「えー? そうだったかー? まあいいや。昨日の話聞きたいだろ? な?」
「聞きたくねーです」
ウザいやつを押しのけ、足早に歩き出す。
このまま無視しようと思ったが、そうはいかない。
なぜなら、そのウザいやつが私の前にまわって行く手をふさいできたからだ。
「……なにか?」
「もー、『なにか?』じゃねーよー。ったく、ねーさんは素直じゃねーなー」
「ねーさんって……もしかして私のことですか……?」
「それ以外になにがあんだよ?」
普段姉貴呼びの琉璃が『ねーさん』と呼んでくるなんて、これは昨日なにかいいことがあって舞い上がっている証だろう。
花びらが落ちてすっかり緑色になった桜並木の横を歩きながら、琉璃のテンションによってすっかり忘れていたことを思い出した。
それは本来、琉璃が一人で私に話しかけてきた時から気づかなきゃいけないこと。
なのに、なぜ私はそのことが頭から抜け落ちていたのか――!
「ねぇ、琉璃のパートナーとは一緒に登校しないんですか?」
「あー、それな。俺が恥ずかしいからって先に学校行ってもらうことにしたんだよ」
「……そもそも次の日学校あるって時に泊まらせる方もどうかしてると思いますけどね……」
まあ、泊まりに来る方もどうかしてると思うが。
そのことより私は、琉璃がずっと猫をかぶっているわけではないということに驚いた。
男の人の前では問答無用でメスになるところしか見てこなかったから意外だ。
男子校に通っているわけでもないし、女子もいるから付き合っていることを隠したいのだろうか。
琉璃の真意は、私には図りきれなかった。
「ってかさ、ねーさんの話聞いてねーよな? 今なら気分がいいから聞いてやってもいいぜ?」
こいつが私の話を聞こうとするなんて、よっぽどいいことがあったようだ。
とはいえ、私に関しては本当に言えることがない。
片思いの相手の弱みを握って脅して、無理やり付き合ってもらっているだなんて口が裂けても言えない。
だが、琉璃が私の恋事情に興味を持ってくれるなんて滅多にない。
このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
無人の公園の横を通って横断歩道を渡る。
その間私は考えすぎて無言だったが、琉璃はなにも言わずに待っててくれた。
……あれ、自分の学校はいいのだろうか。
もしかして私の学校に一緒についてこないよね?
「……あ、そうだ! 付き合ってる子がいるんですけど、もっと仲良くなりたいと思っていまして」
「お、おう。それだけなのにいやに時間かかったな」
「それで仲良くなる方法を考えてる最中でして、その案が思いついたのですが聞いてもらっていいですか?」
私が改まって聞いたことによって、琉璃は少々構えてしまった。
琉璃の前でこんなに丁寧にすることって滅多にないもんな。
またも横断歩道が見えてくるも、赤信号につかまってしまう。
お互い無言でいるのが苦痛だと判断したのか、琉璃はおそるおそる口を開いた。
「い、いいぜ。聞いてやってもいいって言ったのはこっちだしな。男に二言はねぇ!」
「ふふふ、お子様には少し刺激が強いかもですが」
「は? おい待て、なにを話すつも」
「私とその子がお泊まりをすることになり――」
「話を聞けっ!」
話を聞いてやると言っていた琉璃を私は完全スルーして妄想を話し始める。
身構えてビクビクしているが、今の琉璃なら私の話を聞いてくれるだろうと期待してニヤリと笑った。
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