二章 第十一話



 均一なグリッドが描かれた、どこまでも続く平坦な大地。一切障害になる物のない紺色をした広大な空間。

 ハガネはそのエリアの空中に、アーマを纏って浮いていた。地面からの距離は五メートル程。対比する物が殆どないので、判別は困難を極めるが。


 唯一、ハガネ以外に見えるのは量産型のヘヴィ一機だけだ。

 そのヘヴィはハガネの方を向き、グリッドの上に立ち止まっていた。身長十メートル近くはある、一番良く見る量産タイプだ。装甲も単調な白色で、軍事的なマークも見られない。

 武装は右手にライフルを。左手には四角いシールドを。ハガネから解るのはそれだけだが、他に着いている可能性も在る。


 何にせよこのヘヴィを撃破する。それが試験の合格条件だ。

 ヘヴィの免許を取るのにヘヴィを破壊させるのはナンセンスである。と、言っても全く意味は無い。ハガネもそれは重々知っていた。

 よって静かに試験開始を待つ。標的の様子をうかがい見つつ。

 カウントダウンは十から始まり、一秒ごとに減少してゼロに。


「……!」瞬間。試験開始と同時。ヘヴィは銃を持つ右手を挙げた。銃口をハガネの居る方向に。目的は火を見るより明らかだ。

 次に黄色のビームが放たれて、ハガネはそれを飛んで回避する。まるで水鉄砲を持った人が、蜂を狙って射撃するが如し。つまり想像以上に当たらない。

 まだ距離も百メートル以上在る。ハガネが回避するのは簡単だ。


「反撃する」


 それ故に、ハガネは腕部から光線を発射した。

 動きを止めないように空中を、縦横無尽に飛び回りながら。


 しかし、四発発射したビーム──全てヘヴィの前で霧散した。

 フィールドによって防いだのだろう。ビーハイヴがしたのと同じである。


「なるほど」


 そこでハガネは考えた。当然刹那の間にだ。

 このまま攻撃を続けていても徐々にハガネは疲労するだろう。ここが謎の空間である以上、敵が損耗するとは限らない。それなら時間を掛けるより、一気に決着を、つけるべきだ。


 よって、ハガネは次の攻撃を、回避した後に動きを変えた。ランダムに回避運動をしつつ、ヘヴィに向かって急速接近。

 そしてヘヴィのフィールドに飛び込む。


 もしハガネのフィールドが弱ければ、ピンポン球よろしく潰される。そう言う賭けだが幸いハガネはフィールドを普通に維持できていた。

 ビーハイヴの訓練の賜物か。しかし感謝している暇は無い。


「虫になった気分だ」と言いながら、ハガネは下降し足を切りつけた。人と同じでヘヴィも簡単に、足下の敵を撃破は出来ない。

 一方ハガネは虫とは違い、一撃で足を切断可能だ。足にギリギリまで近づけばだが、そのリスクを冒した価値は有った。


 ハガネが通り過ぎたその直後にヘヴィの巨体がぐらりと揺らぐ。右の足が切断されたことで体が右に倒れかけたのだ。もっともハガネは転倒するまで待つつもりなど毛頭無かったが。

 ハガネはそのまま背後へと回り、ヘヴィの背をビームで貫いた。光の刃はヘヴィを貫通。胸の装甲が一瞬輝く。まるで蜂の一刺しだがそれでも、ヘヴィにとっては致命傷となる。


 ハガネは距離を取る為上空へ。ヘヴィは肩から地に衝突した。

 それでもまだ反撃できるはずだ。メインの機能が生きているのなら。しかしヘヴィは起き上がるどころか、腕や足を動かすことすらない。


「目標の沈黙を確認した」


 ハガネはそれを数秒見下ろして、無機質な口調で静かに言った。

 すると、その直後にアナウンスが、VR空間に響き渡る。曰く「目標達成を確認。テンカウントの後、覚醒します」。

 後はカウントダウンが終わるまでハガネに成すべき事は無い。ハガネは待とうと考えて居たし、事実五秒までは何も無かった。


 しかし、カウントが五になった時──ハガネは気配を感じ振り向いた。微かな違和感。ただそれだけだが、結果としてそれは、存在した。

 ハガネと同じ高度の空中に、腕を組んで立っている機械人。黒色の甲虫に似た装甲。ウォッチャーと呼ばれる者の姿だ。

 距離はハガネから十数メートル。仕掛けようと思えば仕掛けられる。もっとも、これがウォッチャーであるなら、ハガネが敵うはずもないのだが。


 とにかくハガネは考えた。思考ユニットをフル回転させ。自分は何をどうするべきなのか。そもそもこれはウォッチャー本人か。何故今この場所に現れたのか。刹那に脳裏を駆け巡る。

 しかし考えても何も解らず、カウントダウンだけが進行する。

 三が二になり。二が一になり。その間もウォッチャーは動かない。ただハガネの方をじっと見ていた。


 そして結局何も起こらぬまま、カウントはゼロになり消滅した。ウォッチャーではなく空間全てが。

 ハガネの視界はホワイトアウトし、元のカプセルの中に戻される。


 気が付くとハガネはカプセルの中。仰向けになって静かに寝ていた。視界がそれを捉えると同時に、カプセルの蓋がゆっくりと開く。

 ハガネは違和感を抱えたままで、立ち上がって周囲を見渡した。ミウとアイリスはまだ試験中で、カプセルに横たわり眠っている。


「おはよう。ハガネ。合格おめでとう」


 一方、フラムは椅子に腰掛けてハガネに対し声を掛けてきた。まるで『何も無かった』という風に。

 しかし、ハガネはウォッチャーを見たのだ。


「アレは貴方の仕組んだことなのか?」

「抽象的ね。意味がわからないわ」

「ウォッチャーだ。試験場に現れた。貴方が無関係とは思えない」


 故に、ハガネはフラムへと問うた。そして直ぐにそれを──後悔した。

 フラムが見せた反応はハガネの、予期していた物とは違っていた。一瞬だが微かに目を細めた。まるで獲物を見つめているように。


 ハガネを殺す事などフラムには、赤子の手を捻るよりも容易い。彼女の逆鱗に触れたとすれば、ハガネは最早死んだも同然だ。

 幸いほんの一瞬でフラムは、元の余裕の姿に戻ったが。


「それが本当かはわからないけど、私は何も関与していないわ。ただもしそれが本当だとしたら、今日の貴方はとてもラッキーね」


 フランベルジュは言って微笑んだ。いつもの尊大さを湛えながら。

 しかし先ほど覚えた戦慄を、そうそう忘れられる物ではない。


「どうしたの? 怖がらなくてもいいわ。師匠はとても優しい人だから」

「貴方の師匠を恐れてはいない。ワタシはただ、貴方を恐れている」


 そこでハガネは正直に伝えた。

 するとフラムは優しく微笑んだ。



 旧司令室に並び立つ二人。機械人のビーハイヴとゲンブと。

 二人はモニターに映し出された、ハガネの見た景色を眺めていた。試験場に現れたウォッチャーと、それを聞かされたフラムの反応。


「以上がハガネ殿から贈られた、資格試験の映像でござるな」


 それを見終わりまずゲンブが言った。

 今回ばかりは流石のゲンブも、声のトーンが少し落ちている。


「奴は何と?」

「拙者達の意見を、聞かせて欲しいと言うことでござる」


 ゲンブはビーハイヴに返答した。

 この映像はハガネの意思により、二人に提供された物である。となればハガネからの要求も、当然あってしかるべきだろう。


「本物か。何者かの仕掛けか。フランベルジュが自ら仕組んだか」

「流石にこれだけでは拙者達も、全く意味がわからんでござるな」


 ただし、今回ばかりは二人にも、全くもって予想は付かないが。

 それでも二人が望んだとおりだ。事態は既に動きだしている。


「ゲンブ」

「匙は投げられたでござるな?」

「それは賽だ。知っていてからかうな」


 二人は冗談を言い合いつつも、ループする映像を見続けた。



 ヘヴィ資格試験、受験二日後。

 ハガネ達は昼食を済ませると、格納庫エリアへとやって来た。普段はモノクロの機械が並ぶ色彩にやや乏しい場所である。


 しかし、今日そのエリアの一角に、一際目を引く飾りがあった。縦長のカラフルな旗にゲート、そしてぴかぴか光る電飾まで。

 そこに書かれた文字を見なくても、誰がやったか一目瞭然だ。


「ヒャッハー! 試験合格おめめめだ! 今日は一日パーティーと行こうぜ!」


 案の定、ハッターが出迎えた。ライフル型クラッカーを鳴らして。

 ハガネ達も彼に会いに来たので、最初から解ってはいたのだが。会いに来た目的はパーティーでも、一日を無駄にするためでもない。


「祝ってくれるのはとても嬉しい。しかし、まずは用件を済ませたい」

「ヒャッハー! 大将はストイックだな! じゃあまずはあの筒に入ってくれ!」


 ハガネが要求するとハッターは、一つの機械の方角を指した。

 テレポーターに似た縦型の筒。それが二つ連結された機械。片側の筒は開いており、片側の筒は閉じている。


「何の機械だ?」

「入ったらわかるぜ! 因みにこれはオレのプレゼントだ!」


 なんだか、理由はよくわからないが、好意だというなら受け取るべきだ。

 それに、彼の性格からするとこの装置にも何か意味がある。ハッターは一見ふざけているが、中身は真っ当な商人なのだ。


「了解した」

「おう! 開いてる方だぞ!? 蓋が閉じたら指示が出るはずだぜ!」


 ハガネはハッターに言われたとおり、開いている筒へと入っていった。

 するとハッターの説明通り、筒の蓋がスライドして閉まる。そして直ぐに説明が降ってきた。曰く『転送シークエンス開始。問題が無ければ中央に立ち、ボタンを押して停止してください』。


「うーん。本当に大丈夫ですか?」

「ふあん」

「ヒャッハー! ヒャッハーを信じろ! 信じる者はたぶん救われる!」


 一方、外は微妙に騒がしい。

 ミウとアイリスをなだめるためにも早く作業を終えるべきだろう。幸いシークエンスなる物は、ボタンを押すと直ぐに終了した。

 しいて言うなら転移したときと、近い感覚があっただけである。


「ドゥルルルルルルル……ジャン!」


 ドラムロールはハッターの自前だ。

 筒のドアがスライドして開き、ハガネは筒から歩み出た。ハガネが考えたとおり、隣の筒に転送されていたようだ。


「筒から筒へ移動しただけだ」

「ヒャッハー大将! そう思うだろ! ところがどっこいこれを見ろ!」


 ハガネが指摘するとハッターは、最初に入った筒を──開いた。するとそこには移動したはずの、ハガネの体が崩れ落ちていた。


「ワタシか?」

「そのとおり! これは大将! 正確には元ハガネの体だ!」


 これにはハガネも驚いた。

 当然ミウとアイリスも同じだ。


「えええええええええ!?」

「ハガネ、ふたり? それとも、ひとり?」


 ミウは驚愕の声を上げ、アイリスも困惑しているようだ。

 ハガネ本人も困惑している。よって説明が必要だ。


「ヒャッハー説明してやるぜ! 大将の魂、記憶その他を新しいボディへと移動したあ! ヘヴィを扱うには改造より、取り替えの方が早かったんでな!」

「そんな事が可能なのか?」

「可能だ! そもそもオレらは死んだ後、違う体に入れられてるからな!?」

「確かに」

「大将がなりたいんなら、女の子にも猫耳にもできる! 勿論ポイントは頂くけどな!? オレも一応商人なワケだし!?」

「いや必要ない」

「ならオーケーだ! 後簡単に人は信じるな!」


 と、そこまでハッターは解説し、ヒョイッとハガネの隣に寄った。

 そしてハガネに──耳打ちをする。ミウ達には秘密のお話を。


「因みに費用は全部ゲンブ持ち。それと隅々まで調べて見たが、怪しい機能は何も無かったぜ……!」


 相変わらず大胆不敵である。

 しかし、頼りになる存在だ。


「それで、ヘヴィの本体は?」

「ヒャッハー! 任せろ大将! 見晒せ!」


 彼はリモコンを、どこからともなく、取り出して一角を指し示した。

 そこに在るのは巨大な箱である。全高二十メートル以上ある。


「あ、ポチッとな!」


 そのリモコンにある、ボタンを押すとそれは現れた。

 十五メートル級中型ヘヴィ。装甲の色は鋼色。ヘヴィとしては、シルエットは細く、肩には『鋼』のエンブレムがある。そしてハガネと同じ四つの目が、特徴的なハガネ用のヘヴィ。


「その名もワンオフヘヴィ・アモルファス! こいつでヒャッハーぶっ壊しまくれ! 或いはヒャッハーぶっ潰しまくれ!」


 ハッターは高らかに、その名を呼ぶ。アモルファス。ハガネ専用のヘヴィ。

 ハガネはその巨体を見上げながら、複雑な感情を抱いていた。ハガネはこれの持つ力を用い、更なる謎に挑まねばならない。平穏と安寧を求めながら、地べたを這いずり、暴力を振るい。

 そこに矛盾を強く感じつつも、ハガネは止まる気にもなれなかった。

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