二章 第四話



 ハガネとミウは彼等のリビングでアイリスの前世の話を聞いた。

 ミウは途中リアクションを取ったがハガネは基本押し黙ったままで。

 しかし聞き入りそして重ねていた。自分自身の前世の生い立ちと。

 ただしアイリスとそしてハガネとは、認識の面に於いて異なるが。


「アイリスちゃーん! へう!?」


 それを証明する様に彼女は、飛んできたミウをひょいと回避した。ミウは涙ながらに飛びついたがアイリスは表情を変えていない。

 ハガネはその様子を見て聞いた。


「君は後悔してはいないのか?」

「べつに。もくてきは、はたせたから」


 アイリスは本音からそう言った。少なくともハガネはそう捉えた。

 ハガネの倫理観には合わないがそれは彼女自身が決めることだ。少なくともハガネには行いを咎める事などは出来そうにない。

 だがまだハガネには聞く事がある。一つだけとても大切な事が。


「では今の君に望みはあるのか? 夢や欲しい物品、何でも良い」


 ハガネは片膝をつき、目を合わせ、アイリスに願いを込め問うてみた。

 その答を彼女が持っていると、ハガネはその事を──願っていた。


 それに対しアイリスは行動で、その答をハガネに送り返す。

 彼女はハガネの頭を撫でた。少しだけ不器用なその手つきで。


「これは?」

「かなしいときはこうするの。おかあさんがたまに、そういってた」


 アイリスは手をのけた後に言った。

 つまりハガネは哀しそうに見えた。おそらくはそう言う事なのだろう。それが正しいかどうかハガネにも、判断に困る状況ではある。

 自分の事などわからないものだ。機械になってもそれは変わらない。


「感謝する」

「うん」


 アイリスは優しい。それだけは、確かな事だった。

 ハガネはそれに甘えねばならない。歯がゆくはあるがここはセプティカだ。


「今日は疲れた。自室で待機する」


 ハガネはもう一度撫でられぬよう体を起こして彼女に言った。


「それと、明日はトレーニングだ。可能なら早めに起床して欲しい」


 そして言葉通り自室に戻る。必要な連絡を伝えながら。


「アイリスちゃん!」


 その隙にミウがアイリスへと、飛びついて頭を撫でた。



 その夜。ハガネはアイリスの部屋で自分の過去について振り返った。

 別に押し入ったわけではなく、むしろアイリスの方から呼ばれたのだ。

 そして聞かれた。ハガネのその過去を。


 アイリスは物静かなたちなのでハガネは最初非常に驚いた。

 とは言え昼彼女に聞いた手前、ハガネは袖にすることも出来ない。それが彼女の望みであるならば叶えてやるのがハガネの責務だ。

 そんなワケでハガネは床に座り、ベッドで寝るアイリスへと語った。自分がどのような世界に生まれ、どのように生きどのように死んだか。

 子守歌やお伽噺ではない。ベッドで聞くには不向きな話だ。

 しかしアイリスはちゃんと聞いていて、話し終わるとハガネに聞いてきた。


「ハガネはなにか、したいこと、ない?」


 ここに今生きるハガネの望みを。

 昼とは全く逆の展開だ。ハガネはそれに答えられなかった。


「もし次の人生があるのなら、平穏に生きたいと思っていた。しかし君達と触れ合っていると、不可能ではないかと思えてくる」


 ハガネは実の所平穏な人生というものを、知らなかった。

 しいて言えば一次産業などがそれに当たると考えてはいたが。畑を耕し、魚を獲り、キジを撃って毎日を静かに過ごす。

 しかしそんな中にも苦しみや、諍いがあるのだと今は解る。


 ハガネがそう思い悩んでいると、少しだけ衣擦れの音がして──直後にまた頭を撫でられた。


「ハガネ、まじめ」

「昔は言われた。その度に否定し続けてきたが……」

「わたしはハガネ、いいとおもう」

「難解だな。ワタシには。本当に」


 それを最後に静寂が訪れ、暫くして寝息が聞こえてきた。

 ハガネはアイリスを起こさぬように、そっと立って彼女の部屋を出た。



 翌日。ハガネ達三人はいつもの自由領域にやって来た。

 大きめのテレポーターから出ると、まばらに木の生えた林の中へ。平らな地面の続くその場所に“先生”は──無言で立っていた。

 頭部前面をガラス質の透明なカバーで被った機械人。ハガネ達も知っている人物だ。ビーハイヴ領領主、ビーハイヴ。


 何も装備を着けていない彼はハガネ達を見つけると寄ってきた。

 一方ハガネ達はソル・アーマや魔法装具をその身に着けている。そのため地面から僅かに上を浮遊しているような状態だ。

 装備の面で言えば明らかに、ハガネ達が充実させている。

 故に彼の提案はハガネにはとても奇妙と思える物だった。


「貴方がワタシ達の先生か」

「そうだ。貴様らは今からワタシに全力で攻撃をして貰う」


 ビーハイヴの戦闘能力が、無手でも恐るべきなのは確かだ。

 それはハガネも一度見ているが、それでもこの指示は無謀に思う。

 彼もそれをわかっているのだろう。その後直ぐに彼は補足する。


「力を推し量るためのテストだ。一人一撃。それでこれからの、貴様らのカリキュラムを考える」


 ハガネが知りたい答ではないが、有無を言わさぬ威圧感である。

 しかしミウがそれに反対をした。


「それでも流石に本気で撃つのは……」

「では貴様らにやる気を出させよう。もしワタシに傷をつけられたならポイントの半分をくれてやる」

「魔王ですか!? でも凄い話かも」


 ミウは聞いてむむむと考え込む。

 ビーハイヴのポイントの半分だ。一瞬で億万長者になれる。

 逆に言えばビーハイヴにそれだけ、自信があるということでもあるが。


「じゃあ取り合えず私からやります!」

「良いだろう。ワタシはあの場所に立つ。準備が出来たら自由に仕掛けろ。それで貴様らを試させて貰う」


 ビーハイヴはそう言うと、ゆっくりと、歩いて開けた場所へと向かった。

 地面に木の枝で書かれたような円の中心。そこで向き直る。


「では初めだ。ワタシを楽しませろ」


 そしてビーハイヴは肩幅に足を開き、腕を組んでそう言った。

 一方それを聞いたミウは肩のキャノンを構えて、そして発射する。


「じゃあ行きます! ソル・エネルギー・キャノン!」


 律儀に彼に声を掛けてから。

 とは言え全力には違いない。両肩から太い光の渦がビーハイヴへと一直線に行く。もっともその光がビーハイヴを、傷付ける事は敵わなかったが。


 光はビーハイヴに直撃して、広がったようにハガネには見えた。しかし眩い光が消えた後、ビーハイヴはそのままに立っていた。

 地面には彼を避けたかのようにその跡が綺麗に描かれている。空から見るとビーハイヴを分岐点にYの字に見えるはずである。


「ミウは終了。想定通りだな」

「レベル1になったりしませんよね?」

「しない。次はアイリスの順番だ」


 ビーハイヴはミウのジョークをスルー。そして次にアイリスを指名した。

 アイリスはミウがやるのを見て居る。攻撃を躊躇いはしないだろう。


「クリスタル−……」


 実際アイリスは魔法を使い、結晶の槍を生み出した。

 浮かぶそれをどんどん回転させ、極限に達すると飛翔させる。


「じゃべりん」


 弾丸のような速度で、それはビーハイヴへと飛んでいった。

 そこで先ほどのミウの光線が、何故阻まれたか目に見えて解る。

 結晶の槍はビーハイヴの少し前で空中に停止していた。いや正確に言えば回っている。しかし全く前進していない。ビーハイヴのフィールドに尖端が埋まってはいるがそれが限界だ。


「なるほど。良い訓練を受けている。射出後も回転が落ちぬように、魔法を丁寧に編み込んでいる」


 ビーハイヴが言ったと同時に、結晶の槍は止まって砕け散った。


「だが根本的に威力が足りん。ワタシを討つには力不足だな」

「フィールドか?」

「見たとおり、そのとおりだ。貴様らとは年季が違っている」


 ビーハイヴはハガネに答えると、センサーを光らせて命令する。


「次はハガネ。貴様だ。本気で来い。ワタシのポイントが欲しいのだろう?」

「欲しくない、と言えば嘘になる」

「ではやれ。全力でだ」

「了解した」


 ハガネはビーハイヴの指示を受けて、ソル・エネルギーを体に溜めた。

 その状態でビーハイヴに向かい、突撃して右の剣を振るう。袖から出たエネルギーの剣で、ハガネから見て左上から斬る。


 袈裟懸けに。だがそれは止められた。

 フィールドを半分ほど斬り裂いて、そこでハガネは即座に退避する。

 剣を消滅させつつ反動で少し後ろの空に後退する。

 だがこの直後に物言いが付いた。


「ダメだな。まだ力が乗っていない。」

「本気で斬ったが?」

「それは知っている。だが貴様は反撃を警戒し、逃げるために力を残していた」

「確かに」

「実に、無意味な行動だ。ワタシは貴様に反撃はしない。そして仮に反撃した場合、貴様を討ち漏らす不様はしない」


 ビーハイヴの指摘は当たっていた。

 ハガネの実力ではビーハイヴの反撃を避けきれはしないだろう。

 もしもハガネが勝利を獲たいなら、一太刀で彼を倒さねばダメだ。


「もう一度、今度は全力で来い。殺らねば殺られると言う覚悟でだ」

「了解。貴方の言うとおりにやる」


 ハガネは納得すると少し退き、そして少しだけ空中に浮いた。

 そして力を極限まで溜める。今度は隙だらけと知りながら。

 しかしビーハイヴは動いてこない。まだ腕を組んで停止したままだ。


 ハガネは右手に左手を添えて、縦回転しながら彼に向かう。

 狙いは肩口。ソル・エネルギー・ブレードをその場所へと、振り下ろす。

 相手は動かない的なのだから攻撃を外す可能性はない。

 実際、光の刃はフィールドを斬り裂いて彼の肩に当たった。


 その瞬間ハガネは自らの、正気を疑う事態になったが。


「……!?」

「それで良い。試した価値がある」


 ビーハイヴの肩には確実に、エネルギーの刃が当たっていた。

 それでも彼はまだ動いておらず、刃が体に入っていかない。

 体を表面を被うコートか、或いは他の絡繰りがあるのか。どうやって防いだか解らないが、彼の体はまだ無傷のままだ。


 ハガネは暫くそうしていたが、やがて力が尽きて弾かれた。

 そこで、バランスを崩しながらも何とか宙にフワリと停止する。


「驚愕した」


 ハガネは呟いた。

 信じられない事にビーハイヴは一ミリたりとも動いてはいない。

 三人の攻撃を受けきって、尚腕を組み余裕で立っている。


 むしろハガネ達三人の方がやや疲弊させられているくらいだ。

 おそらく三人が束になっても無手のビーハイヴにすら敵うまい。


「必然だ。驚くことなど無い」


 ビーハイヴは実際言ってのけた。

 彼からすればたきつけた時点で、この結果は解っていたのだろう。


「貴様らの力はこれで測れた。カリキュラムはこちらで作っておく。今日は自主練にでも励むがいい。この空間は解放されている」


 そしてビーハイヴはようやく腕を、ほどいてハガネ達を見て言った。

 もっともビーハイヴの目的は、むしろこの後が本命だったが。


「ただし一つだけ話した後でだ」


 ビーハイヴが言葉を発すると、同時にハガネにアラームが鳴った。

 メッセージを受信したときなどに、鳴る機械的な高い音である。

 ハガネがそれを表示してみると、案の定彼からの通知だった。


「メッセージ?」

「それを開いてVR通信システムを許諾しろ」

「VR?」

「許諾してみれば解る。貴様には不利益は生じない」


 ハガネに彼の意図はわからない。

 しかし彼の力を考えると、従った方がおそらく無難だ。それに彼はハガネの先生で、ハガネには応じるべき義務がある。

 結局ハガネは考えた後に、意識で許諾のボタンを押した。

 すると景色がホワイトアウトして、ハガネは別の場所に誘われた。



 ハガネは先ほどまで林に居て、ビーハイヴの教練を受けていた。

 しかし視界が取り戻された今、全く違う場所に立っている。

 そこは巨大な交差点の上。高度五十メートルほどの場所だ。ハガネはその空中に立っていた。いつの間にかソル・アーマも外して。


 ハガネが景色を見下ろすと、丁度信号が青へと変わった。舗装されたアスファルトの道路を、一斉に人々が渡って行く。


 ──と、そこでビーハイヴが喋った。


「貴様にこれを見せておきたかった」


 ハガネがはっとして顔を上げると、ビーハイヴも空中に立っていた。

 ハガネは彼に聞くべきなのだろう。ここはどこで何故連れてこられたか。


「ここは?」

「記憶を元に作られた、二一世紀の渋谷の街だ」

「シブヤ?」

「日本の都心部の一つ。若者達が集う街とされた。ワタシには縁の薄いエリアだな」

「何故ワタシは今そのシブヤに居る?」

「いや居ない。貴様の機体は未だ、林の中にぼーっと立っている」

「ではこの景色は?」

「言わば幻だ。ワタシが生きた時代の残照だ」


 ビーハイヴによればこの空間はハガネの見せられた幻らしい。

 しかし疑問はまだ置かれたままだ。


「何故、貴方はワタシをこの場所に?」

「理由は二つ。一つは我々が、貴様の世界の原因だからだ」

「原因とは?」

「二一世紀には、様々な問題が具体化した。行きすぎた消費。いがみ合う国家。制御を失い暴れる欲望。我々は解決すべきだったが、そうならずに世界は崩壊した」


 彼は疑問に半分は答えた。

 ビーハイヴはハガネの居た世界の過去に存在した人間らしい。もっとも世界が分岐する以上、直接的かは解らないのだが。

 なんにしても彼を信じるのなら、彼の時代が未来を破壊した。


 ハガネも彼の生きていた時代に怒りが無いと言えば嘘になる。

 しかし同時に未来を変えるのに、必要な方法も示せない。

 そこでハガネは敢えて口を出さず、もう一つの理由を彼に問う。


「二つ目の理由を、聞かせてくれ」

「貴様と内密に話したかった。これならフラムも盗聴できない」

「彼女が見て居ると?」

「常に見て居る。貴様が考えるよりも遥かに」


 ビーハイヴは少しだけ感情を言葉に乗せてハガネへと伝えた。


「まずはワタシの目的を話そう。今ワタシは──人を探している。ウォッチャーと言う名前の人物だ。ワタシとフラムの共通の師匠。セプティカにおける最強の戦士」

「何故それをワタシに?」

「貴様が師匠に関係していると、思うからだ」

「ワタシはウォッチャーという人物と話したことも会った事も無い。」

「それはその通りだろうと思うが、師匠は裏から手を回している」

「フランベルジュの背後に隠れてか」

「そうだ。それを貴様であぶり出す」


 ビーハイヴは複雑な人間だ。

 罪悪感を見せたかと思えば、今度は高圧的に指示をする。


「今からくれてやるポイントで、貴様はセプティカとウォッチャーを調べろ」

「何故?」

「生き餌は元気な方が良い。それに貴様は知っておくべきだ。セプティカがどのような世界なのか」

「何でも知っているような言葉だ」

「いや常識的な推察による。貴様のような新人は大抵生存のためにポイントを使う。兵器や緩衝領域の仕組み。必要だが、偏りがちになる」


 そこまでビーハイヴが言ったとき、メッセージ受信アラームが鳴った。

 ハガネがそれを開いてみると、百万ポイント寄贈と書いてある。前提条件など何も無しで、ハガネが同意を選ぶだけで良い。


「太っ腹だ」

「貴様にとってはな。ワタシにとっては雑費に過ぎん」


 ビーハイヴの真意はわからない。しかし貰える物は貰うべきだ。

 ハガネが有り難く同意を押すと、その瞬間視界がかすみ出す。


「これは?」

「通信を終わらせた」


 再びホワイトアウトする視界。

 ハガネはその中で最後に聞いた。


「忘れるな。フラムは常に見て居る」


 ビーハイヴからの警告の声を。


 ===============


 そして気付くと林の中に居た。

 既にビーハイヴの姿は消えて、ハガネは元の場所に浮いて居る。

 おそらくビーハイヴの言った通り、幻を見せられていたのだろう。


「ハガネさん! ハガネさん!」

「だいじょうぶ?」


 一体どれだけ止まっていたのか。

 ミウとアイリスが心配し、ハガネの体を左右に揺らす。


「大丈夫だ。話し合いは終わった」


 そこで取り合えず安心させた。ハガネ自身不安を抱えながら。

 ハガネが望んでいない方向へ、事態は進んでいるように思う。

 抗いようのない激流の中、安寧は彼方に離れていった。

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