一章 第八話



 ハガネが新兵器を得た翌日。訓練で気絶した次の昼。

 ハガネが自分の個室を出ると、丁度ミウがお皿を洗っていた。

 どうやら昼食を食べた直後にハガネは出くわしてしまったようだ。


「おはようございます! ハガネさん! 起きたんですね? 大丈夫ですか?」

「元気だ。おそらく、きっと多分だが」


 ハガネは泡を手に着けたまま駆け寄ってきたミウに、そう言った。

 ハガネ自身初めてのことなので本音で言えば正直わからない。しかしそれをここで言ったところで、彼女を心配させるだけである。

 それにハガネが目覚めたのは実は、個室から出るだいぶ前であった。


「それより君に少し話がある。この後時間を取れないだろうか?」

「あ、はい。それは問題ありません。じゃあ少しだけ待っててくださいね」


 ミウは言うとキッチンへと戻って、急いで皿洗いを再開した。


 −−−−−−−−−−−−−−−


 それから数分後。未だ微妙に、洗剤の香りが残るリビング。

 ハガネとミウは食卓に座って、ハガネの言う“話”を開始した。


「それでハガネさん。話というのは?」

「このセプティカに関する情報だ。それを君と一緒に精査したい」


 ハガネは今までただ漫然と、戦闘を続けてきたのではない。

 ポイントを多少稼いできたのだ。そしてそれがようやく実を結んだ。


「フラムからの新兵器提供で手持ちのポイントに余裕が出来た。そこでワタシなりにマニュアルを読み、このセプティカについて分析した」

「なるほど。セプティカについて、ですか」

「ああそうだ。それを知らない限りは何を目指せば良いかもわからない」


 ミウは何故か乗り気ではないようだ。

 が、ハガネは気にせず続けていく。


「そこでワタシは情報を集めた。と、言っても触りに過ぎないが」

「どうしてですか?」

「ポイントが足りない。毎日ファントムを狩り続けても、何万年かかるか知れないほど」

「そんなにですか?」

「安く見積もったが、それでも天文学的数字だ。その上ランクの高い情報は、必要な数値すら開示がない。開示させるのにもポイントが要る。このセプティカとはそう言う所だ」


 ハガネが入手出来た情報は、まだ氷山の一角ですらない。


「例えば仕事をまるでしなければ、徐々にポイントが減少していく。セプティカに居る者にはジョブがあり、役割がそれぞれに決まっている。ワタシが現在入手出来たのはそう言った生きるための情報だ」


 そこから推察できる結論も、また限られた物になってしまう。


「おそらくシステムは可能な限り、情報の核心を封じたい。しかし知ることが出来ないとなれば我々はやる気を失うだろう。よって手の届かない遥か先に、希望と言う宝石を置いている。パンドラの箱に残った希望が、決して人には届かないように」


 ハガネはそれでも可能な限りの推測をミウに対して聞かせた。

 しかしミウはやはり浮かない顔だ。まるで興味が無いようにも見える。


「ミウ。君の意見も聞きたいが……」

「その前にハガネさん。私が居た、火星の話をしても良いですか?」


 仕方なくハガネから問いかけるとミウは顔を上げて──そう返した。ひどく真剣な眼差しで。

 彼女の意図は全く不明だが聞くべきだとハガネもわかっている。


「君が望むのならば構わない」

「ありがとうございます、ハガネさん。じゃあハガネさんに説明しますね。私が住んでいた世界のことを」


 そう言ってミウは話を始めた。ハガネの顔を真っ直ぐに見ながら。



 学生服を身に纏ったミウは玄関から自宅に帰還した。鍵はちゃんと閉めてはいるものの、靴は揃えず少し急いでいた。

 パタパタと走り階段を登り、自室に入って鞄を投げ出す。そして制服を脱いで私服へと、可能な限り高速で着替える。

 その途中ドアを母がノックした。


「今日はMGの仕事なの?」

「うん。そう! だから少し急いでて……」


 MGとはミウが所属している組織の省略した名前である。

 正式にはマーズ・ガーディアンズ。ガーディアンズなどとも呼ばれていた。

 と、その間にもミウは急いで適当に選んだ服を着ていく。

 脱いだ服やハンガーなどは全て床の上に積み上げたままである。


「晩ご飯は少し遅くなるから、私の分は机に置いといて」

「はいはい。いつもの通りね。了解」


 ミウは母に確認を取った後、ドアを開けて階段を駆け下りた。

 そしてまた急ぎ玄関に向かう。今度は自宅から出て行くために。


「気をつけて行きなさいねー!」

「はーい! お母さん、行ってきまーす!」


 こうしてミウは働きに行くため、挨拶をして自宅を出て行った。

 この時の言葉が母と最後に、交わした言葉になるとも知らずに。


 −−−−−−−−−−−−−−−


 ミウの生きていた二八世紀。火星では謎の金属生物『ゼビアス』に襲撃を受けていた。テラフォーミングされ緑の星に生まれ変わった火星に宇宙から。まるで機械で出来た生物が、襲来し人々を脅かした。

 それに対抗すべく生まれたのが、マーズ・ガーディアンズと言う組織だ。

 少女にのみ利用が可能となるバルト・エネルギーを用いた兵器。バルト・フェザーを纏い戦う者。エンジェルと呼称される、少女達。彼女達は日夜戦っていた。


 そして、その中にミウも居たのだ。

 ミウはスーツと装備を身に纏い宇宙空間に浮いて居た。

 フェザーと名付けられたその装備はセプティカでミウが利用する物だ。肢体にピッタリ吸い付くスーツ。脚部についた金属のユニット。そして両肩の上に浮く、キャノンの着いた攻撃用パーツ。


「シアちゃん。怪我は無い?」

「大丈夫です。初心者ですけど、慣れてきましたし」


 ミウは聞かれて先輩に答えた。

 シアとはミウの本当の名前だ。

 この時既に戦いは終わって、ゼビアスの残骸が浮かんでいた。

 だから気を抜いていたワケではない。しかし事故とは前触れ無く起きる。


「あれ、今……。きゃああああ!」


 ミウは激痛に叫びを上げた。

 本来守るフェザーのフィールドが、突然泡のように消えたのだ。

 一体何が原因だったのか今のミウにも全くわからない。

 唯一理解出来るのはその時、ミウは死に至ったと言う事だ。


「シアちゃん! まって! 今助けるから!」


 意識が消える最期の瞬間に、先輩の声が聞こえた気がした。



 そこまでがミウの世界の話だ。

 ミウがハガネと暮らす部屋の椅子で、目を瞑って大きく息を吐いた。

 ハガネはその対面する位置に、座って静かに思考を巡らす。

 もっともミウの過去の話はまだ、少しだけ──残っていたのだが。


「それから私は気が付くと、セプティカに転生させられていました。スーツを着たそのままの状態で。後はマニュアルにしたがって、初めての戦場に出たんです」


 ミウはハガネと違い直接は、説明を受けていなかったらしい。


「そして傷ついたハガネさんを見て、体が勝手に動いていました」

「あの時のことは感謝をしている。君が居ねば私は死んでいた」


 何度目の感謝かはわからないが、これは偽らざる本心である。

 しかしミウの方からの受け止めは、ハガネとは少しずれていたらしい。


「いえ。感謝をするのは私です。セプティカに来た直後私はただ、孤独で周囲を恐れていました」

「それは通常の反応だろう」

「ですがそれを貴方のメッセージが、私を救い出してくれたんです」


 ミウは胸に両手を添えて言った。

 ハガネの認識とはかなり違う。


「君がワタシに接触をしたのは、ビーハイヴの指示だと思っていた」

「あの勿論それもありましたけど、決してそれだけではないんです。それにハガネさんは散歩の後も、私に優しくしてくれましたし」

「それは理解出来ないワケではない」


 本当のところはハガネはミウを、利用していた面があるのだが──それを今彼女に言った所でハガネには利益など無いだろう。

 それに、おそらく彼女はそのことを知っても態度を変えることは無い。いや知っていてこの反応なのだ。

 彼女はハガネがどうであれ、ハガネを家族として認識している。


「君はワタシに依存しているのか?」

「そうかもしれません。ダメですか?」


 認めた上でミウは聞いてきた。

 ハガネはこれにどう答えるべきか。判断など出来ようはずも無い。

 少なくともハガネはミウのことを、否定的な目線で見てはいない。ただ心を殺してきたハガネは、家族を真の意味ではわからない。


「いや。君がそれで嬉しいのならば」


 そこで結局この結論が出た。

 ミウに判断を委ねているのだ。とても誠実だとは言えないが。


「ありがとうございます。ハガネさん」


 ミウはハガネに対して微笑んだ。屈託の無い真実の笑顔で。



 二人の理解が多少進んでも、やるべき事に何も変化はない。即ちファントムを狩ることである。

 ハガネが新兵器を得たのだから、更にその効率は上がっていた。

 それぞれが機械の装備を着けて、森林の上を飛行する二人。その存在に敵も気付いたのか青い空目掛けて飛び出してくる。


 今回のファントムは鳥のように翼を持って飛行するタイプだ。もっとも体はいつもの炎で、その実態は掴めないままだが。

 ミウはそれを見つけると手に持ったライフルと、肩のキャノンを撃った。

 一方ハガネの装備の武器は、袖と手首の間に着いている。手の甲側に有る微かな隙間。その隙間からビームを発射する。

 またこのビームは近距離戦でも、光の剣となって敵を斬る。先日の特訓の成果なのか、その動作も実に滑らかである。


「ネストの中心までは距離がある」

「ハガネさん。新兵器はどうですか?」

「大丈夫だ。しっくりきすぎていて、むしろそのことに違和感はあるが」

「カナヅチさん達には感謝ですね」

「そうだな」他意が無ければ良いのだが。


 ハガネはミウに聞かれそう答えた。最後の言葉だけは呑み込んで。

 結局、今は戦う以外無い。より多くポイントを稼ぐために。

 切りがあるのか。無限に続くのか。そんな事すらもわからないままに。


 ハガネ達は鳥形のファントムを撃ち落とし、そして斬り裂いていった。

 ネストの中心部へと近づけば、その数は自ずから増えていく。

 友軍の密集度も増していき、乱戦の様相を呈してくる。


 ──と、その時だった。


「メッセージ?」

「フラムさんからですね。私の方にも今届きました」


 ハガネとミウにピピピと音が鳴り、フラムからの指示が伝達される。

 曰く今日は撤退して休め。明日の作戦に参加するために。


「あの、ハガネさん。どうします?」

「指示に従う。それしか道は無い」


 ハガネがミウに問われそう言うと、反転して飛行を開始した。

 ミウも直ぐにその後を追い、二人は今来た空を引き返す。

 一体何の意図があったのか。全く理解出来ないそのままに。

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