第一章『起動』

一章 第一話



 発射された一発の銃弾が直人の人生を終了させた。

 廃墟と化した街の一角で、都市迷彩の服をまとう直人。ライフルを持ち走っていた彼はひび割れたアスファルトを転がった。轟音と共に飛来した弾が、直人の心臓を貫いたのだ。たった数センチの金属塊が人間の命を容易く奪う。


 直人も一応抵抗はしたが実際はわずかに動いただけだ。

 血液が傷口から漏れ出して瞬く間に意識を低下させる。誰も逆らうことなどは出来ない。生きとし生けるものである限り。


 だが彼は幸せかもしれない。

 現在は二十三世紀初頭。文明は既に崩壊していた。人類が破壊した環境は、そのまま人類へと牙をいた。最早政府などという物は無く、廃墟を植物が蝕んでいる。

 人々はその壊された世界で、奪い合い、殺し合いをしていた。新たなる支配者を目指す者と、その駒となって銃を握る者。流れた血は大地に吸い込まれ、その渇きを少しだけ潤した。


 故に直人は少しホッとした。生まれて十六年してようやく、安寧あんねいを得る事が出来たのだ。

 ただそれでも最後に一つ願う。もし次の人生があるのなら──今度はまともな生を送りたい。ただ平穏と呼べる人生を。


 そんな願いを胸に抱きながら、直人は暫くして絶命した。



 そして、一人の機械が目覚めた。金属で出来た灰色の部屋で。

 人型のそれは立ったまま、壁にコード類でつながれていた。意識を取り戻したその機械。“彼”は二歩ほど歩き膝を突いた。

 幸いコードは外れたが、体がまだ自由には動かない。

 

「ワタシは……どうなっている?」


 その彼は言って腕を見た。

 すると腕も手も指の先までも、無骨な金属でおおわれている。いや金属で作られているのだ。つま先から頭の天辺まで。


 そこで彼は、“直人”は困惑した。

 しかしそれでも彼は兵士である。直ぐに思考をカチリと切り替える。まず置かれている状況を探り、その上で対策を考える。


 直人が現在居るのは部屋だ。四角く家具などは置かれていない。無骨な金属で構成された、独房のようにも見える一室。

 次に直人自身の状況だが体は金属製になっている。鏡が無いので調べられないが、目などは四つも着いているほどだ。


「こんな、技術は……見たことがない」


 直人はますます混乱してきた。

 しかしそれが普通の反応だ。そしてそれでも進まねばならない。待っていても事態は変わらない。いや、悪化する可能性すら有る。


 そこで直人はゆっくり立ち上がり、唯一あるドアへと歩き出した。

 幸い四肢はあるし指は五本。体の動かし方は変わらない。


「開かないか。予想通りではある」


 とは言えドアは硬く閉まっていた。

 軽く体当たりもかましてみたが、扉はウンともスンとも言わない。


『ご機嫌よう。ようやく起きたのね』


 だが代わりに部屋に声が響いた。

 幼い少女のような声。しかし口調は不釣り合いである。


「何者だ?」

『ワタシはフランベルジュ。フラムと呼んでくれて構わないわ』


 少女は弾むような声で言った。

 もっとも彼女の姿は見えない。あくまで部屋に響く声だけだ。

 だがこの短い会話の中でも、直人に理解出来た事も有る。


「お前がワタシを繋ぎ止めたのか?」


 直人は予測して少女に聞いた。

 今の直人に口は無かったが、幸いスピーカーはあるらしい。意思疎通は普通に図れている。

 もっとも、予想は外れていたが。


『その認識は正確ではないわ。ワタシは貴方を召喚したの。その金属の体を依り代に。貴方がいたのと別の世界へと』

「ではワタシは、やはり死んだのか?」

『そう言う事ね。覚えはあるでしょう?』


 少女を信じれば直人は死んだ。それは直人の記憶と合致する。

 しかし問題はどうやって、その直人を蘇らせたかだ。現在直人は生きている──そう言う前提での話だが。

 直人の知る限りこんな技術は何処の国にも存在しなかった。


「何故だ。何故ワタシを蘇生した?」

『ふふ。これ以上は言えないわ。情報には対価が必要なの。情報に見合うだけのポイントね』

「ポイント? それは?」

『さあ始めましょう』


 直人には疑問が山ほどあった。しかし彼女が答えることはない。

 代わりに機械の動く音が鳴り──床から台座が、せり出してきた。

 台座の上にはライフルが置かれ、透明のケースで守られている。そして小型モニターとキーボード、それらが斜めに設置されている。


「コンピューター。変哲もないものだ」


 直人は振り向いて、それを見た。

 するとモニターの中には文字が、読みやすい大きさで躍っていた。曰く『パーソナルネームを入力』。


『それは貴方を識別する物よ。本名は避けることを勧めるわ』

「何故だ?」

『ヒミツよ。言ったでしょう?』


 フラムの立場は一貫していた。それに直人には選択肢も無い。この部屋でただ錆び付いているより今は指示に従った方が良い。


 直人は自分の右手を見ると、キーボードに“ハガネ”と入力した。

 するとライフルのケースが開いて、モニターが手に取るように促す。


 直人は指示通りに銃を取った。文字通り鋼の手で、滑らかに。


「軽い。羽を握っているようだ」


 こうして直人は──“ハガネ”になった。


『じゃあ早速テストを始めるわね。貴方はそのドアから部屋を出て、ターゲットをその銃で撃破する。ターゲットはデジタルデータだけど、その銃は間違い無く本物よ。何なら試し撃ちをしても良いわ』

「このような閉鎖空間で、銃器の使用は危険が伴う」

『大丈夫。だってそのライフルは……あ、ダメね。質問に答えては』

「問答は無用……と言う事か」


 ハガネはライフルを両手で持つと、一つだけのドアへと歩き出す。

 黒いライフルは軽く感じるが、それが重さのせいかは解らない。ハガネはもう人間ではないのだ。跳ぶ走るすら初体験である。


『じゃあ頑張って。これが終わったら、貴方の疑問に答えてあげる』

「だと良いのだが。それでは開始する」


 そして、ハガネは部屋を出て行った。

 ドアをくぐって未知の世界へと。



 金属で造られた長い廊下。

 ハガネがその道を進んで行くと、遂に次の場所へと行き当たった。開いた自動ドアの向こう側に、進むと広い部屋が現れる。

 ビルのワンフロアほどあるだろうか。天井も五メートルよりも高い。もっとも家具などは置かれておらず、閑散かんさんとした部屋ではあるのだが。


 その中にハガネが歩いて行くと、同時に背後で扉が閉まった。

 そして同時に女性の声がする。フラムとは別の大人の女性だ。


『戦闘テストFS1レディ。対象者は準備をしてください』


 ハガネは言われて少し身構えた。

 準備と言ってもハガネには、手にしたライフルしかないのだが。


 待ってくれと言ってもこの女性は待つつもりは毛ほども無いだろう。と、言うよりおそらくは機械だ。ただの合成音声に過ぎない。


『3……2……1……ゼロ。テスト開始。エネミーを生成』


 そしてそれは直ぐに、開始された。

 女性の言葉が終わると同時に青白い光が部屋に輝く。それは壁面近くで発せられ、次々と、形を成していく。人や獣といった形状だ。半透明の疑似的な生物。


 ハガネは反射的にそれを撃った。回避に近い動きを取りながら。

 すると一度引き金を引くごとに、一発発射され敵を貫く。所謂いわゆるセミオートと言う物だ。弾丸は白く輝く光弾。

 命中した標的は次々と、痕跡すら残さずに霧散する。


「これがデジタルデータと言う事か」


 ハガネは射撃しながら呟いた。

 その後も現れる標的達を、一発も外さずに消して行く。


「反動もない。重さも感じない。この場所は、何かが違っている」


 違和感を感じずにはいられない。しかしテストを辞める理由もない。

 結局ハガネは促されるまま二十以上の的を撃ち抜いた。

 そこで遂に光が出なくなり、同時にアナウンスが流れ出す。


『全標的の沈黙を確認。戦闘テストを終了します。対象者は出口から道なりに、テレポーターで帰還してください』


 そして向こう側のドアが開いた。

 ハガネが警戒しつつそのドアを、潜るとまた廊下が現れる。更にその廊下を少し進むと円筒型の機械が鎮座する。

 その機械がハガネに話しかけた。先ほどと同じく女性の声で。


『転送準備完了しています。対象者はテレポーターに入り、完了まで制止をしてください。途中で停止したくなった場合、赤いボタンをプッシュしてください』

「この中に入れ、と言う事か」


 機械の機能など知る由もない。次に起きることなど解らない。だがハガネには為す術すらも無い。ただ従い機械の中に進む。

 すると金属のドアが閉じ、女性の声が話しかけて来た。


『対象者の位置情報確認。全身のスキャンを、開始します。スキャン完了。データに異常なし。テレポートシステムを起動します』


 そして、ハガネは光りに包まれた。



 テレポートと呼ばれる現象には、何の苦痛も衝撃もなかった。ハガネにしたら光を見ただけだ。ほんの一瞬。ただそれだけである。


『テレポート、完了致しました。またのご利用をお待ちしています』


 だが女性の声はハガネに告げた。

 そして金属の扉が開き、ハガネの前に廊下が現れる。廊下の先にはまたドアが。ハガネはそのドアを目指すしかない。


 ハガネがドアの前に辿り着くと、ドアは自動で横にスライドした。問題はその先に在る空間。ハガネはそれを見て、また驚いた。

 アンティークな木の壁で出来た部屋。広く美しくクールな空間。だが未来的なモニターや、コンソールが備え付けられている。全く違う時代のデザインが、違和感なく混ぜ合わされた部屋。


 そしてその部屋の中央の椅子に、赤毛の少女が足を組んでいた。長髪で一見すると子供だ。十代前半と言った所か。

 だが、どこか艶やかさも感じる。アンバランスさを持つ少女だった。


「ふふ。テストの点は優秀ね」


 その少女の声には覚えがある。最初の部屋で話した人物だ。


「ようこそハガネ君。セプティカへ。私は貴方を歓迎するわ」


 少女はハガネに向かって言った。

 椅子に座り少しだけえらそうに。

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