空の味

「で、何飲みたい?」 

 マリアさんがグラスを磨きながらそう訊ねてきた。グラスに朝の光が反射して、御阿礼みあれの時がついに来たかと思うほどに非現実的。

「何がありますか?」

「特にないんだよなあ、メニューは。おまかせでいい?」

 マリアさんの作る飲み物ならなんだって美味しいだろう。俺はそう信じて頷いた。

「わかった」

 彼女は微笑み、まるでファンタジーに出てくるかのようなガラス瓶から薄い紅の液体をグラスに注いだ。そして金箔のように輝く粉をそれに浮かばせた。正直言って奇妙な飲み物だが、不思議と引き付けられる。

「はい、おまたせ。騙されたと思って飲んでみなよ」

 俺はグラスを受け取り、「いただきます」と言って口を付けた。甘い甘い、芳しい匂いが口を満たす。その時、脳から声帯に何かが下っていくのを感じた。そして無意識に俺の口から言葉が漏れる。

「美味しい……! こんなに美味しいの、初めて飲んだ! 本当、

『幸せ』」

「それが、『君』だね」

 俺はこの時、初めて気が付いた。俺は感情を声に表せた、と。あれ、こんなに、俺って素直だった? 

 俺が俺のことを一番知らなかったということに、今更気が付いた。


「格別でしょ? 『空の味』」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る