羽衣の行方

星川 駁

出会い

 ほんの出来心だったのだ。


 照りつける日差しに肌をびりびりと焼かれながら、私は生業を全うすべくため、獲物を探して山を進んでいた。足音を小さく、慎重に歩を進めていたからだろう。ぱさり、という小さな音を私の耳は逃さなかった。反射的に音の方向に目をやると、空に白いものがふわふわと浮かんでいるではないか。それは、夏の日差しにきらきらと輝きながら、ひらひらと目の前を過ぎていく。それに導かれるように山道を進むと、きらきらと水面を輝かせる湖に辿り着いた。その湖では、数人の美しい女たちが無防備にも水浴びをしているではないか。

 これは、運命というべきだろう。なぜなら彼女たちは——

「イカトミ、もう見つけたんか」

 私の後方から、顰めた声がかけられる。私と同じ狩人の装いをする彼は狩人仲間だ。一直線に歩を進めていた私が突然足を止めて固まっているものだから、鹿か兎か、獲物に狙いを定めているものと思ったのだろう。

「流石やなあ、手伝うで」

 沈黙を肯定と受け止めたのだろう。決めつけにかかる彼の動きを止めさせる。

「いいや、違う」

 違うが、私にとって目の前のモノは極上の獲物であり、すっかり目を奪われてしまう。あの美しい獲物を私のモノにしたいという欲望をどうにも抑えられそうにない。

「いやあ、驚いた。べっぴんさんが裸で水浴びしとるやないか」

 彼も彼女たちの存在に気が付いたようで、状況とその美しさにたいそう驚いている。そうか、彼はその存在を見るのは初めてのようだ。

「…彼女たちは唯美人なだけではない。天女たちだぞ」

 この地に根を下ろして五年になるが、こんな好機は二度とないかもしれない。あの美しいモノを必ず手にしなければ。


 湖近くの木に彼女たちの羽衣がぱらぱらとかけられ、新緑と純白の色彩が美しい。私はその木に近づき、ひとつの羽衣を手に取る。手触りは絹のように柔らかく、きらきらと輝いている。これがあれば——

「おい、お前。これを隠してくれ」

 天女たちが水浴びを終えたようで、こちらへ向かってくるではないか。とっさに手にしていた羽衣を後ろへやりながら、近くの茂みに身をひそめる。私の後ろを着いてきていた彼は状況を飲み込めない様子だったが、背負っていた籠へ羽衣を押し込んだ。

 天女たちは、木にかけていた羽衣をそれぞれ手にし、ひらひら、きらきらと天に昇っていく。隣で、すげえ綺麗やなあ、と呟く声が聞こえる。私は何だか涙がでそうだったので返事はしなかった。

 天女たちを見送ってしばらく呆然としていると、しくしく、と、すすり泣く声が聞こえてくる。目をやると、すっかり羽衣がなくなった木の下で裸の女性が俯いている。

「どうかされたのですか」

 茂みから抜け出し、彼女に心配そうに声をかける。驚きながら、顔を赤くして目に涙を滲ませて私を見つめる天女はいっそう美しかった。

「…水浴びをしていたのですが、この木にかけていた羽衣がどこかへいってしまったのです。私は、羽衣がなければ帰ることができないのに——」

 しくしく泣き続ける天女を見て罪悪感でも沸いたのだろう。後ろに隠れている男が口をひらく気配がしたが、それを制止するように言葉を発する。

「お気の毒に、それは放っておけないですね」

 少し考えるそぶりをした後、ぱしり、と勢いよく天女の手を掴む。

「そうだ! 私は麓に住んでいる狩人なのですが、羽衣が見つかるまで私の家に住めばいい。この山には狩の為に毎日入るので、羽衣探しにも協力しますよ」

 突然の提案に、天女は困惑した表情を浮かべていたものの、私の手を振りほどくことはなかった。

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