第43話

 ちびっこのメイン武器であるクロスボウを使うには少々接近しすぎているので、短剣を持っての接近戦に持ち込んだのはいい判断だと思う。出来れば見敵必殺、やられる前にやるってのが正しい形なんだろうけどな。迷宮内をうろつくには、いつでもクロスボウを発射できる状態にしておかなくちゃダメだって事だろう。

 ところでそれは今後の反省点とするとして、覚悟を決めたちびっこの動きは、思った通りゴブリンを圧倒していた。

 体格は似たようなモンだけど、ゴブリンの方が遥かにムキムキだ。だけどちびっこの体内にはナノマシンがいる。あれはまさに目に見えない俺達の守護者と言っていいだろう。必要に応じて身体を進化させていくナノマシンによって、ちびっこの身体は速くて強靭。ゴブリンなどまるで子ども扱いだ。

 相手のゴブリンは石斧を振り回しているが、ちびっこはそれに剣を合わせて防御するような事はしなかった。完全に見切って躱し、隙を見ては短剣で刻んでいく。


「あれでいいのか?」


 俺は戦闘の師匠であるヴェスパに訊ねた。


「本来なら一撃で決められるんだが、ランは流石に先々の事まで考えてるみたいだねえ。この先強敵とやり合うにはああいうのがいいだろう」


 つまりヒットアンドアウェイだ。一撃で決められないほど強い相手もそのうち出て来るだろう。その時のために予行演習しとこうって事だな。さすが天才。こんな時でもちゃんと考えてやがる。


「それよりタクト。あっちはいいのかい?」


 ヴェスパが逃げ回るジェンマ先生を指差してニタニタしている。まったく、ちびっこが頑張ってんだから先生もシャキッとしてもらわねえとな。しゃーない、先生のトコ行くか。


「ランはアタイに任せときな!」


 ヴェスパめ、暢気に手を振りやがって。まだスタート地点だから出しゃばる場面じゃねえってか。




「もーっ! なんでこっちに来るのよバカ―ッ! あっち行きなさいよ! 拓斗君とか! 拓斗君とか!」


 一応助太刀に来たのに酷い言い草だなおい担任教師。


「んな事言ってっと、助けるの止めちゃうかもなぁ、俺」

「ああああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 謝るからあの気持ち悪いの何とかして!」


 俺を見つけたジェンマ先生が、今までの倍ぐらい速度を上げて俺の後ろに駆けて来た。

 俺は曲がったのを強引に直したせいで、柄が歪んでいるメイスを片手にゴブリンを牽制する。するとヤツもこっちを警戒して間合いの外で隙を窺い始めた。つまりこいつらはジェンマ先生やちびっこを女だと思って甘く見てたって事かもな。俺には警戒。女子二人には積極的に攻撃って、つまりそういう事だろ?


「先生、落ち着いて。先生の武器はグレイブだろ? せっかくリーチで勝ってるんだから、それを活かして冷静になれば楽勝だよ?」


 ゴブリンの見た目と明確な殺意を感じて冷静さを欠いてるジェンマ先生に、彼我の戦力分析をするように仕向けてみる。


「はっ!? そうね、アタシったら。取り乱しました!」


 リアクション芸人みたいにそんな。


「じゃあ先生、ほら」


 俺はジェンマ先生と位置を入れ替え、彼女とゴブリンを正対させるようにした。気のせいか、ゴブリンが少し笑みを浮かべたように見える。


「お、押さないでよ? フリじゃないからね? 押さないでよ?」

「はいはい」


 なんちゃってな。やっぱここはお約束だよね!


「ぎゃっ!?」


 もちろん俺はジェンマ先生の背中を押した。『押すなよ? 押すなよ?』は業界では『押せ』って事だって聞いたもん。


「グギャ?」


 目前で繰り広げられた寸劇に、ゴブリンが虚をつかれたように固まった。ほら、チャンスだよ先生?


「ええーい、もう! 拓斗君、内申書覚えてろー!!」


 ここに来て開き直ったジェンマ先生は、グレイブを前方に構えたままゴブリンに突進していった。下手に振りかぶって斬撃を食らわせるよりは、リーチの差を活かしてそのまま突き刺す戦法。


「ゲゲッ……」


 胸を刺し貫かれたゴブリンはそのまま生命活動を終えた。そして死体は光る粒子へと姿を変え、そのまま霧散してしまった。その後には赤黒く光る小さな石が一つ落ちている。

 そう、この迷宮内ではバケモノの死体が残らない。その代わり魔石というものをドロップする。不思議なところだな、迷宮って。


「楽勝だったろ?」

「ええ、そうね……でもね、拓斗君。仮にも女の子にこの扱いは酷いんじゃないかな? アタシ、ちょっと漏れちゃったんだぞ!」


 うっ、すみません……

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