第16話『言葉の代償』


 佐良さんたちと教室に荷物を取りに戻るとスマホにチャットが来ていた。

 そこに書かれていた内容を確認した俺は過去にないぐらい動揺していた。


 ――王子様震えてるけどどうしたのかな?

 ――おなか痛いのかな?

 ――なんか怖がってる感じするよ?


 クラスメイトたちが何を言ってるのか聞こえない、とにかく俺は焦っていた。


「ねぇ、王子どうしたの?」

「顔色わるいですよ?」

「……?」


 ともに戻ってきた彼女たちも心配そうに様子をうかがってくる。

 だが今は彼女たちに返事が出来る状態じゃない。


 もう一度文面を見返す。


『けーくん、大事なお話があるから東葛公園まで来てください』


 やばいよやばいよ……。

 

 何がやばいってまれちゃんが怒ってるのを俺はあの初恋をした日から一度も見た事が無いんだよ。

 この文面見てみろ、絶対怒ってるよ!


 や、やっぱりアレか、嘘の告白がもう彼女の耳に入ったか。

 

 で、でもどうやって? まだ噂が広がるには早すぎないか?


「ね、ねぇ誰か、このクラスに俺に用があった女の子が来たりした?」

「あ、それなら凄く可愛い優しそうな女の子と元気そうな赤髪の女の子が来たよ?」

「な、なんて言ってた?」

「『けーくん……一ノ瀬恵斗くんいる?』って聞かれたから朝告白した佐良さんたちと一緒にどこか行ったよって伝えたけど……」


 ああぁぁーーっ!?


 よりにもよってそんなに詳しく説明しちゃったぁーっ!?


 やべぇよ……絶対怒ってるよまれちゃん。

 赤髪の子って言ってたから理奈も一緒だったっぽいし。


 お、おわった……。


 まるで浮気がバレた屑男のような心境だが、誓って俺は浮気などしていない!


 ……だたちょっと誤魔化すために嘘の告白をしたんだけれど。


「私なんかまずいこと言っちゃったかな……?」


 申し訳なさそうな様子で受け答えをしてくれた少女が尋ねる。


 ――王子様怒ってるかも。

 ――あの子悪気なんてなかったのに……。

 ――やっぱり王子様も他の男の人と同じなんだ……。


 雰囲気が悪くなりつつある!?

 そもそもこの子はただまれちゃんに用件を伝えてくれただけだし何も悪くない。


 顔が青ざめて不安になってるようだ、ちゃんとケアをしないと……。


「ご、ごめんね。君は何も悪いことしてないから大丈夫だよ、俺が悪いだけだから……っ」

「で、でも……」

「何も問題ないよ、ちょっと俺がやらかしちゃっただけなのを勝手に後悔してただけだから。不安にさせてごめんね中村さん」

「謝ってもらうなんて……え、私の名前覚えてくれたの?」

「もちろんだよ、まだ名字だけだけどみんなの名前は覚えたよ」


 ――う、うそ!? 男の人が自己紹介だけで……っ!?

 ――本当に王子様だぁ……っ。

 ――わたしE組になってよかったかも。


 いや、そんな驚かれるようなことじゃ……ってここはそういう世界でしたね。

 沈んだ空気が明るくなり雰囲気が戻りつつある。


 よかった、いらんことしてクラスの空気をぶち壊す所だった。

 理不尽に人を非難するような嫌な奴に俺はなりたくないから。


 ホッとしたのも束の間、まれちゃんに呼ばれてるんだから何はともあれ急いで向かわないといけない。

 みんなに別れを告げて俺は学校を出たのだった。


 ――


 東葛公園とは駅から少し離れたところにあっていろいろな思い出がある。

 昔幼かった頃、外に出れるようになってからまれちゃんとよく遊んだ場所でもあり、今では理奈とキャッチボールをよくここでしている。


 そしてまれちゃんに告白し恋人となったのもこの公園だ。


 駅を出て走り続け公園に足を踏み入れるとベンチに座ったまれちゃんを見つける。


 ここから見た感じではどういう様子なのかわからない。


 走り続けて息が乱れているし一旦呼吸を落ち着かせるためにもゆっくりと歩を進め彼女に歩み寄った。


「まれちゃん」


 公園に入ってきた俺に気づいていないだろうか、下を向いたままの彼女に声を掛けた。


「ま、まれちゃん……?」


 今度は恐る恐る声を掛ける、しかし反応はない。

 

 ――ど、どうしよう……。


 声を掛けても返事をしてくれないなんて今までなかった。

 ということはそれだけ怒ってるということなんじゃないか。


 ふと文面を思い出す。

 大事な話……、も、もしかして別れ話!?


 目の前が絶望に染まる。


 まれちゃんと別れる……?

 これは悪い夢なんだろう?


 朝はあんなにも幸せだったじゃないか!

 こんな質の悪い夢はあんまりだ!!


 絶望で発狂しかけたその時『けーくん』とようやく彼女から声を掛けられた。


「さっそく婚約者できたんだってね、おめでとう!」


 いつもと変わらない眩しい笑顔をした彼女がそこにいた。


 あれ? 怒って……ない?


「どうしたの? 凄く緊張した様子だけど?」

「いや、あの、その……」

「もしかしてわたしが怒ってると思った?」

「は、はい……」


 別れ話を切り出されるんじゃないかと思いました。



「もちろん怒ってるよ」

「うぇっ!?」


 ホッとしたのも束の間、笑いながら怒ってると伝えられた俺は思わず変な声が飛び出てしまった。


「けーくん、わたしがなんで怒ってるかわかる?」


 笑いながらとさっき言ったがよく見ると目が全然笑ってない。

 背後に鬼が立ってるような、そんなオーラがひしひしと伝わってくる。


 や、やっぱり怒ってるのって相談もせず婚約者を作ったって話だよな。

 

 でもあれは誤解があるんだよ、痴漢疑惑があってさぁ……。


 傍から見れば浮気した男が一生懸命胃の潔白を伝えようとする感じになっている。


 なんども言うが俺は浮気はしてないんですよ、ちょっと嘘を吐いたんですよ。


 でも女の子って捉え方によってはあれもこれも浮気だってネットで見たことあるし、やっぱり浮気したんじゃないかな俺。

 

「けーくん勘違いしてわかってなさそうだからもう答えを教えてあげるね? わたしが怒ってるのはりなちゃんのことだよ」

「へ……?」


 り、理奈?

 婚約者の話じゃないの?


「りなちゃん泣いてたよ、その意味がけいくんならきっとわかるはずだよ」


 理奈が泣いていた、それを聞いて俺はハッとする。


『どう見てもあの人は兄さんに惚れてますよ』

『女の子は勉強もだけど婚活も兼ねてる所あるから、ね? りなちゃん?』

『う、うん……』


 これまで彼女たちから言われた事を思い出した俺は己のしでかした事の重大さを実感する。


「わたしけーくんと出会ってからもう長いから分かるよ、例の婚約者の話がきっと嘘なんだろうなって」

「わ、わかってたの……?」

「もちろん、ずっとけーくんと一緒にいるんだから。それはきっとりなちゃんもわかってるよ」


 まれちゃんは『でもね』と付け加えた後に。


「りなちゃんがショックを受けたのは、けーくんが嘘とはいえ告白をしたってことだよ」


 まれちゃんは寂しそうにまるで本当に理奈が喋っているみたいに。


「『どうしてアタシじゃなかったんだろう……』って泣いてた」


 頭をガンッと殴られた衝撃を受けた、そんな気がした。 


 そうだ……、そうだよ……。

 俺は間違っても今朝のあの場を嘘とはいえ告白をして乗り切るべきじゃなかったんだ。


 その前に俺には答えを出さないといけない女の子がいたのに。


「お、俺、なんてことをっ」


 後悔で膝から崩れ落ちる、本当は今すぐ理奈の元へ向かわないといけないのに。

 

 何が『人に優しく』だ、嘘をついて身近にいる大切な女の子を平然と裏切ってるくせして。


「けーくん、わかってくれた?」

「あぁ……っ、俺、理奈の気持ちを裏切ったんだ」

「そっか、じゃあもうだいじょうぶだよね」


 そこで彼女はこの時初めて本当に笑ってくれた。


「りなちゃんのこと、笑顔にできるよね?」

「……あぁっ」

「うん、じゃあこれはご褒美の前渡しだよ、ちゅっ」


 まれちゃんからハグをされ頬に柔らかなキスをうける。

 あぁ……、昔から彼女にこれをされると俺は本当に心から安心するんだ。


 昔恐怖で元の世界に戻りたいと願ってしまったあの時も。


「理奈のこと、ちゃんと笑顔にしてみせるよ」

「うんうん、それでこそけーくんだよっ、ちなみにどうやってやるのかな?」


 俺は彼女に今後の行動を伝える、それを聞いた彼女は嬉しそうに『それならもう大丈夫だねっ』とお墨付きをもらった。


 この場はまれちゃんと共に帰路につき、部屋に戻った俺は彼女に電話を掛けた。


「理奈に大事な話があるんだ」

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