第11話『史上最大のピンチ』

 朝食を終えたまれちゃんと共に家を出る。

 二人で仲良く肩を並べ手を繋いで歩く、普段一緒に登校が出来なかった分こういうことが出来るとなおのこと嬉しい。

 となりのまれちゃんを見ると『ふふっ』と笑顔で返してくれた。

 

 はぁ~、幸せ。


 ここから城神高校へ行くには電車を乗り継いでいく必要がある。

 俺たちが住む地区『東葛とうかつ駅』から電車に乗り、乗り換えを経て城神高校のある『銅針町どうばりちょう駅』へと行く。

 

 城神高校の最寄り駅となっている銅針町は都市部の主要部の一つでオフィスビルや買い物ができる場所も多く人がとても集まる場所だ。

 

 まれちゃん家を出て数十分、東葛駅の改札入り口には見慣れた赤い髪の俺たちの友達である理奈が立っていた。


「おっはよー、二人とも!」

「おはよう理奈」

「おはよう~りなちゃん」


 理奈も同じ城神高校へと進学となっている、俺たちは三人で入学式へ行こうと事前に約束をしていた。


「まれ、今日はちゃんと起きれたんだ」

「うん、けーくんが起こしてくれたんだ~」

「けーとは凄いねぇ、あたしは三回くらいまれを起こすのを挑戦したけどこれは無理だーっ、って諦めたよ」

「……犠牲にしたものは大きかったけどな」


 犠牲にしたというのはちょっとだけ暴走し、『優しい恵斗くんもあんなことするのね』と早苗さんに思わせてしまった例のアレである、おかげで俺はこれまで積み上げた紳士な男性としての評価をちょっぴり失ってしまったのだった。

 

 まれちゃんの裸体を見ることが出来るので大きな役得でもあるのだが、理性をフル動員させて鋼の意思を貫かなければならないのである意味天国と地獄である。


 他愛もない話をしながら改札を通り電車へと乗り込む、都市部へと行くのは今日が初めてなので実は少し楽しみだ。


 と思ったのも束の間――。


「けーくん大丈夫?」

「だ、だいじょうぶさぁ」

「けーと、やっぱり男性用車両に乗ったほうがよかったんじゃ」


 この時間は通勤時間帯でもある為そこそこの人が電車へと乗り込む。

 前の世界程の詰め込み具合程ではないとはいえそれでも電車内は人がとても多い。

 

 皆、行先は都市部である為この人混みが学校に着くまで解消はされないことだろう。

 そして乗り込むのは当然女性ばかり、前にも言ったがこの世界は女性のレベルが色々と高い。


 つまりあれだ、なんかもう色々とやばいのだ。

 俺は逆痴漢A〇の撮影現場にでも居合わせてしまったのか?


 まるで俺が女性専用車両に乗り込んだ変態みたいだが、別にここは女性専用車両じゃないし男も乗ったって構わない。

 何も間違ったことはしていないんだ。


 二人は恐らく知らない女性に囲まれてる俺が辛いんじゃないかって心配してくれてるのだろう、過去の事もあるし。

 ただ二人には非常に申し訳ないんだが、俺はその事とは別の意味で辛い。

 

 俺はまれちゃんの着替えで培った鋼の意思を用いて元気にならないように努める。

 ナニがとは聞かないでくれ。


 本当は男だけが乗れる男性専用車両というものがあるみたいだが、まず本数が少ないため選択肢として無し、それに俺はまれちゃん、理奈と一緒に学校へ行きたいので今後もこの状況を耐えるしかないだろう。


 ……危ないから適度に発散はさせておこう。



「とっとと……」


 電車が揺れてバランスが崩れそうになるのを必死に堪える。

 つり革が埋まってしまったのでバランスが取り辛くて揺れる揺れる。


 おまけに駅に着く度に人が乗り込んでくるものだからまれちゃんや理奈とは結構離れてしまった。

 二人とも最寄駅は知ってるから改札合流で大丈夫だろう。


 それにしてもこの感覚は懐かしいね、前世は毎日通勤する時間がラッシュ帯だったなぁ。

 人によっては何も掴まなくても余裕で立っていられたり、人の背に寄りかかる本を読むような強いメンタルの持ち主もいるみたいだけど、どちらも俺には無理でいつもいっぱいいっぱいだったなぁ。


 あと俺は黙ってると咳が出てしまう人間で、式典とかそういう時にじっとして話を聞いてると急に咳が出る感覚に近い。

 それで咳をすると隣のおじさんが嫌そうに見てくるんだよなぁ、毎日あの時間が憂鬱だったよ。

 だからポケットにはいつも飴を忍ばせてることにしたんだ、懐かしい。


「うぉっとと!?」


 そうそう、こんな感じでいつも電車って唐突に揺れるんだよ。


 結構強めの揺れで前のめりに崩れる。

 危なかったから壁に手を突こうとするが、何故か俺の手にはとても柔らかな感触が――。


「ひゃぁっ」


 何故?


 なんと俺の手の着地点は壁ではなく、目の前の女性の胸にあった。


 ――ヤバい。

 ――本当にヤバい。

 ――洒落にならんぞこれ。


 これがよくあるラブコメ漫画なら、主人公のラッキースケベ的な展開だけど。

 ここ現実だし、やべぇよ。


 なんならあまりの大きさ、柔らかさにちょっと堪能してるところあるけれど。


 ――この子まれちゃんよりもでかいな。

 ――Fくらい? こんなでかいおっぱいなんてリアルに存在するの?


 ……って違う違う!!


 これ痴漢だから、正真正銘の犯罪だから!?

 俺こんなところで人生終わりたくないよ!?

 まだまだモテライフ堪能したいよ!?


 いやしかしだ一ノ瀬恵斗、俺は過去に社会で培った平謝りという特技がある。

 とにかくやばいと思ったらまず謝罪、悪いと思わなくてもとにかく謝るに限るって課長が言ってたな。

 

 もちろんこれは俺が過失十割で悪いんですけど。


「ご、ごめんなさ」

「ごめんなさいごめんなさい!!」


 とにかく誠心誠意謝ろうとしたその時、逆に相手から尋常じゃないくらい謝られる。


「いやいや、悪いのは俺で」

「ごめんなさいっ、わたしボーッとしてて、決してわざとじゃないんです!!」


 いや、それはこっちのセリフで。

 

「ま、まってください、胸を触ってしまったのは俺ですからこっちが謝らないといけないんですよ」

「ごめんなさいごめんなさい!! 男の人に胸を触らせちゃって、不愉快にさせてしまって本当にごめんなさい!!」


 不愉快どころかめちゃくちゃ柔らかくて最高でしたけど?

 

『そういうことじゃないよ~』と脳内に突如現れた小さなまれちゃんがそう言っている。


 まず俺の主張と彼女の主張はこうだ。


 俺:故意ではないが胸を掴んでしまった。

 相手:わたしの胸を男の人にに触らせてしまった。


 俺:俺が過失十割で悪いと思っている。

 相手:男の人に迷惑をかけた、不愉快にさせてしまって謝っている。


 こういうことか。

 

 またアレかな、男女比の偏った弊害かな。


 前の世界だと俺は一発で牢屋行きで人生終わりなんだけれど、この世界の男女比のアンバランスが俺を味方してしまってるわけか。


 つまりはまたこの世界での当たり前の事か?

 冷静に考えられて思わずため息が零れる。

 俺が怒っていると思った相手は小さな悲鳴を上げて怯えていた。


『次は銅針町駅です、電車が止まるまで危険ですので捕まってて頂くようにお願いします』


 ちょうど最寄りの駅へと近づいたアナウンスが車内に響き渡る、俺と彼女の騒ぎで周りも何事かと見てるし、落ち着いては無しも出来ないから彼女には悪いけど一旦一緒に降りてもらおう。


「と、とりあえず一旦降りて話しましょう? 誤解を解かないといけませんから」

「ひっ、わ、わかりました……っ」


 青ざめる女の子、駅員室に連れられると思っているんだろうか。

 そんなことしないんだけどな……。


 揺れが止まり扉が開いた。

 ここで降りる人は多いのだろう、ダァーッと人が流れるように出てくる。

 俺は彼女の手を引いてひとまず人波から逃れるように横へと歩いていく。

 

 まれちゃんたちは、前の方だったぽいから先に改札へ行ったかもしれないな。

 こんな現場見られたくなかったし少しホッとした。


 改札へと向かっていく人波を尻目に誤解真っ最中の女の子を見やる。

 

 ピンクの髪をサイドアップに上げて背は俺の胸位のかなり小柄な女の子だ。

 しかし目に入るのはこの大きなおっぱい、失礼だけどまず胸に目が向いてしまう。

 彼女の胸は誤解で震えてるせいか少し揺れて非常に目の保養……反省してないじゃん俺。


『けーくん、ちゃんと反省しなくちゃだめだよー?』

 

 ほら、脳内の小さなまれちゃんも言ってるじゃないか。


 ところでこの小さなまれちゃん凄く可愛くない?

 今日からミニまれちゃんと名付けよう。


「えーとですね……、まずはあなたは全く悪くないんですよ」


 思考が逸れていたな。

 改めて俺は彼女に怖がらせないように丁寧に言葉を選んで話す。


「わ、わたしがこんな胸なんか触らせちゃって……っ」

「あー、多分何言っても納得しないと思うんで俺が全部話しますね」


 たぶんこのまま会話を続けようとしても話は互いに悪いと主張して並行してしまう。

 先に待っている二人も心配するだろうし俺が一方的に話して去るとしよう、それがいい。


 決して痴漢という行為から逃げるわけじゃない。


「俺は貴方の胸を触ってしまいました、ひとまずそれを謝罪させてください、申し訳ありませんでした!」

「そ、そんなこと……っ」

「で、続けますね? 俺は貴方の胸を触ってしまったことに対して何も不愉快な想いになっていないんです、むしろ最高……じゃなくて気に病まないでください。これは一方的に俺が悪いってことです、貴方は全く悪くないんです」


 捲し立てる俺に対して彼女は少しポカンとしてしまう、うんいいぞこの調子だ、押し切ってしまえ。


「できれば大事にしたくないのでこの謝罪だけで許していただけませんか?」

「そんな謝ってもらう事なんて」

「よし、じゃあ許してもらえたってことですね!? いやぁよかったこれで解決だ!」

「え、えぇ?」

「貴方はなんて心の広い人なんだ、そんなあなたにはこれを差し上げますどうぞ」


 俺はポケットに入っていたサイダー味の飴ちゃんをプレゼントする。

 持っててよかった飴ちゃん!


「では俺も人を待たせてるのでこれで!」

「え、あ、……え?」


 いまいち理解してきれてない彼女を置いて改札口への階段を上る。

 題して『困ったから有耶無耶な感じにしてしまえ』作戦成功だ。


 いやぁ~、危うく痴漢冤罪(実行犯)で捕まって俺の転生生活終了かと思った。

 今だけはこの世界が男尊女卑な所で本当によかった。


 この時の俺はまだ少し勘違いをしていた。

 ことを。


 そんなことを知らずに能天気に二人の元へ急ぐ途中、先程の彼女の姿を思い出す。

 

 そういえばあの子の制服、まれちゃんたちと同じだったような……?


 答えが出るのはわりとすぐだった。

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