【習作】魔法使いになりたいが三十歳まで耐えられそうにない

筋肉痛隊長

第1話

前回までのあらすじ ※


 体内に生まれつき霊的器官があれば魔術を使える世界。西ヨーロッパの大都市にある魔術学校。

 ヒラリー・アッシャーこと蘆屋柊は魔導に打ち込み、18歳にして『淫蕩の魔眼』を得て魔術師の頂点、教授になった。

 ただし男は30歳まで童貞を守り抜かないと霊的器官を失う。研究室に配属されるのは美少女ばかり。

 ヒラリー教授は童貞を守り抜き、無事魔法使いになれるのか!?


※作者注:前回は存在しません!




 ノートパソコンとマグカップが乗ったマホガニー材の机。窓際のそれを起点にレイアウトされたアッシャー研究室は整頓されている。


 壁は書棚で埋まってはいるものの、床に書物が積み上がることはない。持ち主は内容を記憶しているのでほとんど手に取らないからだ。



「吸血鬼だと?」



 部屋の主・ヒラリー・アッシャー教授こと蘆屋柊あしや ひいらぎはレポート添削の手を休め、顔を上げた。

 問いかけた先は部屋の中央に置かれた応接セットでお菓子をつまむ、女子生徒たちだ。



「あ、ヒラリー教授君も興味ある? 夜、学園の構内で女子生徒が襲われてね、9人だっけ?」


「昨夜で10人目ですわ。被害者は共通して噛み傷があるだけの軽傷、なのに昏睡したままだとか……」


「先週から起きてる事件よ。知らないの、先生?」



 ヒラリーを先生と呼ぶのはフィール・ヘルフィヨトゥルだ。肩口で切り揃えた銀髪に神秘的な緑の瞳は物語のエルフのようで、実際学園唯一のエルフである。耳も長い。


 黒髪黒目の東洋人ヒラリーとは対照的な容姿であり、むしろ『自分より魔法使いらしい』とヒラリーは思う。



「くだらん。吸血鬼の伝承は埋葬後に蘇生したのを誤認した、光過敏症の患者を見て空想された、などと言われるが根底にあるのは黒死病をはじめとする社会不安だ。そもそもお前たちがイメージする吸血鬼ヴァンパイアが世間に定着したのは20世紀に入ってからで、そんなものは神秘でもなんでも――」



 蘊蓄を語るヒラリーの瞳に紋様が浮かぶ。

 するとヒラリーは視線を女子生徒たちからパソコンの画面に戻した。

 なぜなら目の前の女子生徒たちが全員裸に見えたからだ。


 これはマズい。一人ずつならまだしも、並んでいると体形の違いがわかってしまう。

 下手すると生理周期までわかる。これは酷い。うっかり口を滑らせると社会的に死ぬ情報だ。ほとんど呪詛である。


 問題はヒラリーにもあった。正直下半身がカチンコチンだ。教え子といえども同年代、ヒラリーも健全な男子。

 さらに教授位に就いてから忙しい上に人の出入りも多く、いわゆるソロプレイ・・・・・も自粛していた。

 今なら重たい机も持ち上がるかもしれない。


 なお、女子生徒たちは露出狂などではなく、きちんと制服を着用している。


 ――おい、なぜ今【透視】を使わせた。


 ――ハッハッハァ、眼福だったろぅ?


 ――せめて下着は残せ。時と場所を考えろ。


 ヒラリーの『淫蕩の魔眼』は教授と認められる程、強力だ。【透視】に限らず多くの機能を持つ多重魔眼など伝説級の代物である。


 しかしヒラリーの意思とは関係なく暴発することしばしば。こうして脳内で意思疎通できる稀有な魔眼であるにも関わらず、制御しがたい。


 ――じゃあ次回は靴下だけ残してやるよ。その方が興奮するんだろ?


 ――えぐるぞエロ魔眼……!


 さら酷いことには思考が卑猥だ。伝わるのは少女のような声だが、ヒラリーは魔眼に性別など無いことを実感した。



「――だから首筋の噛み傷というものに魔術的な意味はない」


「……みんなとっくに帰ったわよ。何度も声を掛けたのに」



 蘊蓄を語り終え、気付いたら外は暗くなっていた。

 女子生徒二人はすでに帰り、研究室にいるのはヒラリーとフィールだけ。呆れ顔のフィールが居残っているのはヒラリーの助手だからだろう。

 このエルフは学生時代のヒラリーに劣らず優秀なのだ。



「あと噛み傷があったのは首じゃないわ。おっぱいよ」


「なんだと……?」


「だからおっぱいよ」


「……ご苦労だったな。帰っていいぞ」



 ヒラリーは眉間を揉んで肩を回す。

 フィールの呆れ顔が少し不機嫌顔に変わったが、ちゃんと服を着て見えているので満足だった。


 ――ギャハハッ、犯人はお前なんじゃねぇか?


 ――んなわけあるかっ!




(もう1話くらいつづく)

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