年金は高齢者のためのシステム?

 少子化が進む昨今、自分が年老いてからホントに貰えるの?自分が貰えないかもしれない年金なんか納めたくない!とおっしゃる方が目立つようになってきました。どうも、若い人たちにとっては年金制度は自分たちが損をするだけの、不公平な制度に見えて仕方がないようです。


 実際のところ、年金制度は年寄りのための制度なのでしょうか?

 若い人には何の役にも立っていない不公平な制度なのでしょうか?


 確かに、金を納める側、そして受け取る側という視点から見ている限り、そのようにしか見えないのは仕方のないことかもしれません。ですが、もっと広い視野に立って経済全体を眺めてみると、決してそうではないことがわかります。


 年金制度とは、むしろ今の現役世代のためにも役に立つ制度なのです。


 年金制度がどう現役世代の役に立っているかを知るために、年金制度が無い社会を想像してみましょう。

 年金制度はありません。生活保護制度はありますが、基本的に老後の生活のことは自分で考えなければならないでしょう。そこであなたはどうしますか?


 多くの人は老後に備えて貯蓄をすることでしょう。貯金大好きな日本人なら余計にそうです。日々の生活の中から節約した分をコツコツ貯めて、貯蓄が増えていく様は将来の安心のバロメーターそのものと言っていいでしょう。


 では仮に国民全部がそうやってコツコツと貯蓄に励んだらどうなるでしょうか?


 国民が一斉に貯蓄を始めてしまった場合、そのお金は銀行口座か金庫(俗にいうタンス預金)に納められることになります。銀行に預けたお金は多少は運用されるかもしれませんが、基本的に貯金は動きません。むしろ、自分のところから離れて行かないように流れを固定してしまうのが貯金の本質です。つまり、国民が貯金に励んだ分だけ、お金が流れなくなってしまうわけです。

 仮に1000兆円のお金が市場に流れているとして、そのうち一割を国民が貯金してしまったら、市場で流通し続けるお金は900兆円に減ってしまいます。流通しているお金が減ったのに、もしも市場で生産・消費される商品やサービスの総量が同じままだったらどうなるでしょうか?


 物価は市場で扱われる商品・サービスと流通しているお金のバランスによって変動します。商品やサービスの総量に対してお金の流通量が不足すれば物価が下がり、逆に商品やサービスの総量に対してお金の流通量が過剰であれば物価は上昇します。前者がデフレーション、後者がインフレーションですね。

 つまり、国民が一斉に貯蓄に励みだすと発行した通貨の流通量がそれだけ減少し、デフレが起きてしまうわけです。


 もちろん、それに対しては通貨の発行量を増やすことで市場での通貨の流通量を増やして対応することとなるでしょう。すると、貯蓄されてしまっている分と市場に流通している分の和が、市場の商品やサービスの総量を上回ることになります。これで何かのきっかけで貯蓄が使われるような事態……たとえば何らかの広域災害が起きて復旧のために多くの人が貯蓄を切り崩さねばならなくなったりしたら?

 今度は市場に流通する通貨の量が増えることになります。


 そういう事態が起きなかったとしても、日本と貿易している外国の投資家などが「日本は1000兆円分の経済規模しかないのに日本円は1100兆円も発行されている」という点に着目したらどうなるでしょうか?「日本円に実際にそれだけの価値は無いのではないか?」と思われ、日本円に対する信用が低下してしまうかもしれません。

 まあ、話はそこまで単純ではありませんが・・・


 国民が過度に貯蓄に励むのは、個人レベルでは富を増やし生活を安定させることに繋がりますが、経済全体からすると通貨の流動性を阻害し、物価の変動に対する不確定要素となって働いてしまうのです。


 しかし、じゃあ国民に対して貯蓄するなと言うことができるわけではありません。各自が自分の生活を自力で営むのはむしろ推奨されるべきことですし、そのためにはある程度の貯蓄は当然必要となります。


 では国民が将来のために貯蓄することで通貨の流動性が低下してしまうのを防ぎ、経済を安定的に成長させるためにはどうしたらいいのでしょうか?


 その答えの一つが年金制度なわけです。


 国民が将来のために貯蓄しようとするのを「一定年齢に達したら年金をあげるから貯蓄しなくても大丈夫ですよ。」と説明することで、将来に備えて貯蓄される分のお金を国が吸い上げ、それを公共投資等に回して経済を回し、通貨の流動性を維持するわけです。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が運用している資金は194兆1194億円・・・もしも年金制度が無ければ単純にそれだけのお金が市場に回されることなく、誰かの口座や自宅で死蔵されていたことになるのです。

 ですが、年金制度があることで国民は稼いだ利益の中から自分で貯蓄する必要性が減じると共に、本来死蔵されるはずだった資金が市場にまわされ、自身を取り巻く経済状況を安定化させることができるようになるわけです。


 具体的にこれがそうですよと例示することは私には難しいのですが、年金制度はまだ年金を受け取る年齢に達していない人たちも、実は知らないうちにその恩恵に浴しているのです。

 よって、年金制度は決して高齢者のためだけの不公平な制度などではありません。少なくとも、マクロ経済的には、社会全体の安定化のための制度なのです。


 若い人が将来受け取れないかもしれない云々は、年金制度の是非とはまた別の話であって、運用実態に何らかの問題があるからと言って年金制度そのものを否定するのは暴論でしかありません。

 個人的には年金制度は維持すべきですし、将来資金難で支給額を維持できないのであれば、国費を投じてでも制度は維持されるべきだと考えます。年金制度が無ければ、どのみち生活保護制度でフォローしなきゃいけなくなるんですからね。年金制度を維持するにしろ廃止するにしろ、どのみち高齢者の生活水準維持のために公的資金の投入は避けようがないのです。

 そして廃止すれば若い人は年金を納める負担からは解放されますが、その分自分で将来のための貯蓄に励まねばならなくなり、結果的に経済の流動性が低下して自分の首をゆっくりと締めることになっていくことでしょう。年金制度が廃止されたからと言って、現役世代の負担が軽くなると言うことはあり得ないのです。


 日本の経済の閉塞へいそく感の原因を年金制度に求めるのは無駄なことです。それはまた、まったく別の問題なのですから。

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