第34話 スローン級の本気

 やった


 アグニは右手の感触から六角さんに雷鎚がクリーンヒットしたことを確信した。流石にいくらかのダメージはあったに違いない。そう思って目線を上げると、「ニヤリ」という音が聞こえてきそうな笑顔を浮かべた六角さんと目が合った。


(あ、これまずいヤツだ)


 本能的にそう確信したアグニは咄嗟に縮地を繰り出してその場から離れようとしたが、すでに手遅れだった。

 六角さんは笑みを絶やすことなくアグニの顔面に向かって鋭い一撃を放った。これはアグニの動体視力をもってすれば何とか避けられる程度の速度だったため、身を捻って躱した。

 

 躱したはずだった


 しかし顔への攻撃はフェイクだったのだろう、気が付いた時にはわき腹にものすごい衝撃が走り、体は力に従って横向きに吹き飛び始めていた。

 内臓がギュルンギュルンという音をたてているような、痛みとも気持ち悪さとも言えない形容しがたいダメージを受け、アグニはそのまま吹き飛んでいった。

 壁に打ち付けられながらアグニが見たのは、手を前に出した姿勢のままで六角さんに吹き飛ばされる持明院と、涼しそうな笑顔の風早さんと歯を食いしばって懸命に戦っている一条さんの姿だった。


(あぁ、負けたのか…………俺って思ったより弱いのかもな………………)


 壁に打ち付けられた衝撃で軽く息が止まり、一瞬目をつぶってしまったアグニの脳内にはそんな思いが溢れていた。

 そして目を開けると、目の前の広い空間にはスローン級とドミニオン級の二人だけが立っていた。


 六角さんは風早さんと少し話すと、壁にもたれて座っているアグニの方に歩いてきた。アグニが猛烈な内臓の痛みを我慢して立ち上がると、六角さんは驚いた様子で言った。


「お前立てるのか! 流石に国士無双の息子だなぁ! バケモンじゃねえかアッハッハ!!」


「いえ、…………グゥ、キツイ、です」


「お前の攻撃はなぁ~、すごくよかったぞ。ただ俺とは相性が悪かったな」


「…………は、い」


「今の時点でもレベル4くらいはありそうだな」


「…………そう、ですか(早く治療を、受けさせてください)」


 アグニは腹を抑えて必死に治療を受けさせてくださいアピールをしていたつもりだったのだが、傍から見ればうんこを我慢しているようにしか見えなかったし、六角は久々に強いインターン生と戦ったことで嬉しくなってしまい、そんなことにはそもそも微塵も気が付いていなかった。


「楽しみだな~、なあ!」


「はい……グフゥ」


「ん? 風早がなんか言ってるな」


「――さい! ―やく――を連れていってください!」


「なんだ?」


「早く熾さんを治療室に連れて行ってください!」


「ああ、そうだ治療だ」


 風早さんのおかげでアグニは何とか治療室に行くことができたのだが、六角さんは治療室までの間もひたすらアグニの弱点やよかったところなどを話しまくっていた。腹部の痛みでほとんど何も覚えていないなんてことは六角さんには絶対に言えない。


 その日は治療だけ受けて解散になってしまった。世界最高峰の医療チームというのは誇張でもなんでもなく、本当にすごかった。大きな機械に通された後で、全身麻酔をされ、気が付くと元気になっていた。思わず


「現代医療すげぇ~」


 と口から出てしまった。

 治療が完了した人から帰宅するようにという指示が出ていると医療班の人から聞いたアグニは、医療班の人たちに礼を言うとビルを出て家に向かって歩き始めた。


 家へと歩くアグニの頭には、様々な疑問が浮かび上がってきた。

 どうして父さんにさえ少しは効いた雷鎚が六角さんには全然効かなかったのか、初日からあんな風にボコボコにされたら次回から来なくなってしまう人がいるんじゃないか、初回があれなら次回からの研修は何をさせられるのか、殺人でもさせられるんだろうか? 等々いくつもの疑問がフワフワとうかんできた。

 うかんでくる疑問について思いつくままに色々と考えていると、いつのまにかアグニは家の前に立っていて、周りは暗くなっていた。

 アグニは玄関を開けて家の中に入っていこうとしたのだが、家の玄関には鍵がかかっていて、そしていつも通りアグニは鍵を持っていなかった。

 しばらく前にもこんなようなことがあった気がするが、その時はまだ周りは明るかった気がする。

 仕方が無いのでスマホをいじって時間をつぶそうとアグニがポケットからスマホを取り出すと、丁度姉ちゃんからメッセージが届いていた。



姉ちゃん:みんなでご飯いってくるからあんたは自分で何とかしてね



「え、……まじかよ」



自分:俺カギ持ってないんだけど


姉ちゃん:それはあんたが悪い


自分:俺もごはん行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい!


姉ちゃん:キモ


自分:どうしよ


姉ちゃん:ソラが今からバイト終わって帰ってくるって


自分:どゆこと?



 家の玄関に向かって直立した姿勢でスマホを眺めて返事を待っていると、突然首筋に冷たいものが触れた。驚いて振り向くと目の前にはソラがいて、思わずこちらも笑ってしまいそうな笑顔でこちらを見ていた。




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