電機寄生体 ─ 3

「なんで鳴る時間が分かるんだよ」

 納得できない、といった風の奏に将之は明瞭に答える。

「さっきのメモだと、時計は六時十五分と十八時十五分に十二回ずつ鳴ってた。メモは二十四時間表記だったけど、アナログ時計に午前午後の区別は無いからな」

「えー、それだけ?」

「根拠ならまだあるさ」

 将之が時子を振り返った。彼が指さしたのは、時子の手首に嵌められた腕時計だ。

「その腕時計、おじい様の遺品なのでは?」

 ぎょっとした。

 なぜ、将之がそれを知っているのか。反射的に腕時計ごと手首を握り、時子は尋ねる。

「どうして分かるんですか?」

「腕時計をしているのに、わざわざスマホで時間を確かめていましたからね。男物だったから余計に気になって。それ、壊れてますよね? 六時十五分で針が止まってる。ひょっとして、おじい様が亡くなった時に着けていて、倒れた拍子に壊れたのかな、と」

 確かに、太いベルトも大きな時計も時子の手には不自然に見えるだろう。それにしても、よく観察している。「マジ?」と驚いている奏にも見えるよう、時子は腕時計から手を離した。

 まだ動揺はあったが、不快感は無い。将之に他意が無く、単に事実を指摘しているだけだからかもしれない。

「仰る通りです。祖父の愛用品で、見た目には無事だったんですが、はずみで中が壊れてしまったみたいで。この時間で止まっていました」

 予想通り、といった面持ちで頷いた将之が奏に再び顔を向ける。

「持ち主が亡くなった時刻に合わせて上限数鳴るんだから、六時十五分に何かあると考えるのが自然だろ」

「なるほどね。でも、他の時間にも鳴ってたよな」

「うーん、それなんだよなぁ。まあ、そのあたりの事情については」

 言葉を切った将之が目を閉じる。タイミングを合わせたように、柱時計の長針が三の数字へと達し。

「当人に探りを入れるとしようか」

 ボーン、という柱時計の音を従え、将之が青く変じた目を開く。

 彼の宣言通り、本当に時計は六時十五分に鳴り始めたのである。

 食い下がっていた奏も、「鳴ったな」と呟いて口元を引き締めた。高まる緊張感に我慢ができず、時子は恐る恐る口を開く。

「あの、当人って? 探りを入れるってどういうことですか?」

 一体、これから何が起こるというのか。当惑する時子の問いには答えず、将之は時計を睨みつけている。一回、二回と部屋に広がっていく振り子の音が十二回目を迎える直前。

「視えた」

 将之の右手がひらめく。指先に摘ままれていたのは、極小の黒いステッカーだ。正方形で、大きめのシールほどだろうか。時子の目には、半透明のSDカードのようにも見えた。

 貼りつけられた先は、今、まさに十二回目の音を響かせた振り子である。残響も消えやらぬうちに、将之は端末を軽くタップした。

 次の瞬間起こったことを、時子は一生忘れないだろう。

 パチリ、と。

 火花が散るような音とともに現れたのは、輝く青い糸だった。空間を分断するように伸びた糸はステッカーから伸びており、その先は将之と奏の間の床まで続いている。

「電機寄生体のお出ましだ」

 将之の宣言と同時に、糸の先の空間が歪む。そして、ジジジ、という、何かが擦り合わさるような電子音。

 ――糸の先に、何かがいる。

 時子にもはっきりと認識できるほど、一際大きく周囲の空気が揺らめいた。そして。

「え……」

 歪みがおさまった後に、忽然と「それ」は出現していた。

 円らな瞳。ツンと突き出した鼻先と、三角の耳。丸みを帯びた背中に茂る針山。

 きょとん、と、三人を見上げていたのは、両手で抱えられるくらいの大きさのハリネズミだった。ただし、その身体を構成するのは温かな毛皮ではない。先ほど見えたのと同じ、淡く煌めく青い光の線である。尾の先は長い糸となり、将之が貼ったステッカーと繋がっていた。

「あれま」

「こいつはまた、随分と可愛らしいのが出てきたな」

 息を詰めて見守っていた奏と将之から、気の抜けたような声が漏れた。二人ともよほど意外だったのか、膝に手をついてハリネズミを覗き込んでいる。しげしげと顔を近づける二人に、ハリネズミが「チーッ!」と甲高い鳴き声を上げた。将之が床にしゃがみ、「ちちち」と舌を鳴らして宥めにかかるが、効果は薄そうである。

 それにしても、見れば見るほどに摩訶不思議な生き物だった。威嚇する際に逆立つ針の一本一本までもが、精巧に作られた3Dモデルのように見える。

 だが、このハリネズミは3Dモデルでもなんでもない。確実に生きて、意思を持ち、目の前に突然現れたのだ。

「こ、これが電機寄生体? 一体どこから……」

 声を掠れさせてハリネズミを指さした時子に、奏が笑った。

「さっきからずっとここにいたんだよ。単に、姿が見えるようになっただけ」

「ずっといた? そのハリネズミが、ここに?」

 目を白黒させている時子の混乱を気配で察したのだろう。ハリネズミの相手をしていた将之が振り返った。

「これこそ、電機寄生体の存在が近年まで認可されなかった最大の理由です。こいつらは通常、我々とは全く別の次元に棲んでいる。端的に言うならば、異世界の生命体なんです」

「ジゲンって、二次元とか三次元とか、そういう話ですか?」

「そう。今オレたちが存在している現実世界を、仮に『実数次元』と呼びます。この実数次元と表裏一体で存在する、位置は重なっていながら接点を持たないもう一つの世界を、業界では『虚数次元』と呼称しています。電機寄生体の実体は、通常、虚数次元にのみ存在し、この実数次元には不干渉です。が」

 意味ありげに言葉を切った将之は、時計とハリネズミを順繰りに見やった。

「実数次元の機械に寄生することで、連中は初めて、この世界に顔を覗かせる」

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