第25集

 どうにかこうにか良兵衛が上手くやり、ご領主様出座の段となった。


「うーむ、大変そうじゃなあ」


「大丈夫です、できますよ!」


 必死に宥める子子子こねこ法師をよそに、まだちょっとだけ、膝を抱えようとしている季房である。


「ラチが開かないので…五郎さん、六郎さん!」


「はい、お方様。少将様、今が命を懸けるときにござる!」


「然らば…御免!」


 兄弟は言うや否や、主人を蹴り出した。


「うおっとっと!」


 蹈鞴を踏みつつも、どうにか座の中央に座った。御簾は揺れまくりだが。


「皆、よう来た。五位少将季房である」


 一堂からおおっ、と声が上がる。彼らが接した平家の者でも最高位は、下っ端だったのか近衛将監。同じ五位でも、近衛府の次官と判官さかんではだいぶ違う。その差は、鎌倉殿たる源頼朝の彼ら佐用郡に生きる者どもへの本気度と映った。


「お、恐れながら」


「む。誰ぞ」


「は、佐山村の勘蔵なる者にてござる。有力者のまとめ役にて」


 良兵衛が紹介に口を挟む。


「そうか。して、勘蔵」


「ははー!」


「ひれ伏せなどと申しておらぬ。早う、本題に入れ」


「失礼仕りました。何せ、平家は大仰なるを好みましたので」


 詰めかけた村長たちから笑いが漏れる。


「今度のご領主様は違うようで安心だ。さて、本題でしたが…」


 のっけから、とんだ爆弾発言であった。


「赤松の娘、とは縁を切られると仰せなら、残り2か村、説き伏せてご覧に入れる」


「!!」


 ガタッと良兵衛か動いたのを甚助が押さえる間に、勘蔵は返答を促した。


「如何にござろう?」


「勘蔵」


「はっ」


 季房は努めて静かに言い渡した。


「その首、ここで落としていくが良い。五郎六郎!」


「はっ!」


「勘蔵どの、お覚悟召され!」


「なっ!ひいい!?」


 白刃を剥き出しに現れた郎党。普段なら受けて立つが、今は丸腰。味方もいない。


「ま、待て!?しばらく、しばらく!」


「うむ、聞いてやろう」


「な、何故!首を落とされねばならぬ!」


「何故、何故と聞いたか?」


 季房は怪訝な顔をした。何を聞いているのか?と。


「知れたことよ。某はいみじくも京の朝廷より五位の位階と近衛少将の官職を戴く身。田舎侍に舐められる訳にはいかぬ。その方」


 季房はニヤリとねめつけた。


「まつろわぬ2か村とやら、裏で手を回したかな?」


「うっ」


 図星である。状況証拠としても、佐山村の隣村が態度を保留している。


「勘蔵さん!アンタ!」


「黙っとれ」


 主君の話に水を差す奴があるか、と言われては何も言えない良兵衛。


「だがまあ、そちの言い分はわかる。良兵衛にいいとこ取りされては敵わんと。だが、某の痛い部分を突いたのは手抜かりよな」


 そして、沙汰を言い渡した。


「佐山村、庵村、漆野村。この3村には先駆けを申し付ける。功は己が力でもぎ取れ。少なくとも、良兵衛はそうしたぞ」


「は、ははーっ!」


 そして、ある村の村長に追って沙汰する。


「金屋の退助」


「は?ははっ!」


 ヒョロッとした、坐していてなお背丈が高い若者だ。


「そちは目付じゃ。3村は退助を某の目と心得、働け。よいか?」


 二者が承服した様子に季房は満足そうに頷き返し、先発させた。


「さて、皆の者。先駆けを行かせた。そちらにも、一両日中には発ってもらう」


 よいな、と睨みを効かされては堪らない。否やも無く、銘々の村へ走った。




「もしや、主殿」


「何かな、良兵衛?」


「あ、いえ…」


 良兵衛は言い淀んだ。この展開は、伏見からの舟で良兵衛が季房に語ったことに酷く似ていた。自分をダシにして、跳ねっ返りを押さえ、その者たちに先発させる。大将は金屋の退助で。何故なら、自分よりも胆力に優れるから。


「覚えておいでだったか」


 口に出すのは憚られるが、感動していた。まさか、自分の思いつきを形にしてしまうとは。


「成り行きじゃ」


 そして、問題となるのは子子子法師の扱いだった。やはり、戦場への同行を訴える。


「佐用郡を守るも役目ぞ?」


「嫌です。それに、いまさら私を手放せば、少将様は仏様に見放されないか!」


「おい」


 それは無しにした話だろう、と季房が訴えるが、法師兄の良兵衛も珍しく乗っかった。


「いや、主殿。実際のところ、お方殿と出会われてからの主殿は神懸かっておいで。それは、お二人が傍を離れぬからこそ」


 反対に回るはずの兄が賛成なら、法師に怖いものは無いと、兄妹が押し切った。


「お主らなあ…」


「大庭殿のご厚意、無碍にされますな!」


 鎌倉で帰りを待つ義父を袖にした責任は戦功で返すと、やけにやる気の法師であった。

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