第13集

 半刻も歩けば、目的地にたどり着く。東山の麓にある清水寺と言う寺だ。


「お寺、ですか」


「うむ。昔からあるのだ。五郎六郎とも良く詣ったものよ、な?」


「はい。五位様が飛び出さないか、もう気が気じゃなくて」


「余計なことは言わんでよろしい、な?」


 六郎の回想に、バツが悪そうに季房が返す。昔はやんちゃな御子だったのだと、子子子こねこ法師は微笑ましい気分になった。そんな彼女に、下馬した季房が手を伸ばす。


「これからは馬は使えぬ。行くぞ」


「はい」


 手に頼って、馬を降りる。山門を潜ると、本殿が見えた。


「わあ…」


 清水寺はいわゆる『清水の舞台』が有名だ。未だ辺りは薄暗い。季房と法師の周りには五郎六郎の他、良兵衛と甚助しかいない。


「暗いから気を付けるのだぞ?転んで手首をおかしくしたら、法師の弓が見れなくなる。それは寂しいからな」


「はい…人気が無いですね」


「いくら坊主が早起きでも、門を開けたら後は読経からなのだろう」


 確かにそこかしこから念仏を唱える声が聞こえてくる。都会だなあ、と思い、季房に続く法師だ。


「うむ、うむ…」


「良かったなあ、おひいさま…ぐすっ」


 感涙とばかりにむせび泣く赤松村の男2人は使えまい。五郎は六郎と辺りの警戒を怠らない。


「やっと、掴んだ出世の糸口。季房様も法師様も失うては暗転じゃ」


「然り。まず厳重にしなければ」


 ただし、2人の心配は杞憂だった。ここは京の大寺院。治安は今までの旅程と比ぶべくもないのだ。


「ほっ。間に合ったの」


「すごい、高い」


 季房たちは本殿から舞台に進み出た。もうすぐ、東山の向こうから朝日が飛び出してくる。


「良いか、法師。向こうの町の方を見ておれ」


「は、はい」


 何がどうなるのだろう。ソワソワしながら待つ法師の背に、陽の光が差した。その向こうで、暗かった町が少しずつ、明るく照らされていく。


「すごいです!彩りが戻って来ました!」


「面白かろう?某が見つけたのだ。大人に言っても、怒られてまともに取り合ってくれん」


 またそんな時間に布団を抜け出して!と折檻は数知れず。この景色を見たくて、時には五郎六郎を置いて何度も清水の舞台に通った。


「懐かしいもんです。五位様はまあ、頑固な方で。自分の好きなものは皆が好きだと言わないと納得しなくてね。俺らも眠いの我慢で何度お供したか…」


「それは大変だったな」


「いや、でもすごいですよ、良兵衛さま!」


 後ろに控える男どもからも、景色が見える。田舎者には刺激が強いとは、良兵衛も思う。彼らの脇を抜けて、季房たちに声をかける僧侶が歩いて行く。五郎は知った顔だと赤松の2人を止める。


「おやおや、五位さま。久方ぶりでございますな」


「おお、庵主。しばらくぶりだな」


「お父上がご活躍を喜ばれておられました」


「フン、そうか」


 父親の名前を出された季房は少し不機嫌に。


「あの、季房様」


「む、悪いな。この僧は清水寺に庵を結んでおる上人よ。まだそうなのかな?快旨上人よ」


「如何にも。拙僧は臨終の瞬間まで、修行僧にて。御仏の導かれるままに…」


「上人と言うからには、偉いお坊様なのでしょう?お供の方は…?」


 快旨はニコニコと笑った。


「拙僧は独り暮らしなのですよ、お嬢さん。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいかな?」


「あ、こちらこそ失礼しました!播磨国・佐用郡の赤松が娘、子子子と申します!」


「はて、播磨の住人のお嬢さんが何故、季房様と…?」


 とぼけたような快旨上人に、季房が突っ込んだ。


「呆けるには早かろうに。戦場で出会うての。あまりに弓が見事ゆえ、今から佐用郡ごとな、佐殿にねだりに行くのだ」


「ほう、ではその方が」


 上人は驚いたように眉を上げた。季房も不審に思い始める。


「なんだなんだ、上人。そなたともあろう者が、事情に疎いではないか、なあ?」


「はっはっは、それはそうですな、違う情報に触れたのですから」


「ほう?」


 違う情報。どういうことか、と先を促す。


「拙僧は…いや、お父上ら公家様方も。子子子法師殿の名を存じ上げておりませぬ。あなたの播磨以降のご活躍は、全てお一人の武功話となっており申す」


「なんと」


 つまり、子子子法師の存在は無かったことにされている。京に話が伝わるには、範頼の手紙が九郎義経やその他やんごとなき面々に届いてからだ。つまり、範頼や義経が手を回したことになる。


「九郎殿は…無いな。蒲殿か」


 そういった気遣いは範頼しかできまい。感謝はするが、佐殿頼朝にはきちんと話が伝わっているか、ちょっと不安だ。


「そうなんですね!良かった!」


 法師は喜んでいる。年頃の娘を戦場に出している風聞が、主人の体面に傷をつけないか、不安だったのだ。


「法師がそれで良いなら良いのだが」


 釈然としない季房だった。

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