第2集

「好き敵!我こそは赤松良兵衛の娘、子子子こねこ!良くぞ我が矢を搔い潜ってここまで―――」


「南無三!」


 3人の声が見事に唱和して、子子子法師の胸元に突っ込んだ。ズザー!と派手に4人が転がっていく。


「法師さま!」


「法師さまがやられた!」


「あ、案ずるな!法師さま、お助けして!」


 孤塁の10人ほどの兵は皆、雑兵で、正規の下士官教育のように郎党教育を受けた者はごく少数だ。そもそも、主だった者どもは法師の兄が連れて出雲だか周防だかいう遠国へ行ってしまった。

 そして、その混乱の様子は寄せ手…坂東軍の大将である加藤にとり、好機と映った。


「ムム!五位殿があの神懸かりを倒したぞ!皆の者、進め!揉み潰すのじゃ!」


 勝鬨を上げて突っ込んで来る数百の男たちを間近に見て、孤塁の雑兵たちの混乱はピークに達する。彼らが逃げ出さないのは偏に子子子法師への忠誠心のみだ。


「静まれ!」


 凛とした声が響く。男3人に雁字搦めにされても凛々しさを失わない、子子子法師。


「逃げるな、踏みとどまるのじゃ。敗北を従容として受け入れよ。命は取られぬ、死ぬのはわらわだけで十分じゃ!」


「ほう」


 武芸だけじゃない、ちゃんと状況を理解できる知能もあるのだと、ますます季房の思い入れは強くなる。この娘と子孫を紡いで行きたいと。


「この、動くな!」


「動かぬ!武士の娘としての処遇を要求する!」


「な、五郎。あまりきつくするな。後ろ手に捻るぐらいで抑えられよう」


「五位様…?」


 あなたはそこまでこの娘に肩入れを?と言ったように五郎は主人を仰ぎ見る。一体どういうことなのだろう。100間以上離れた大鎧の武者たちを次々射抜いた矢は、結局、粗末な一領を身に着けるだけの季房にはかすりもしなかった。あるいは後ろに隠れねば自分の命は無かったかもしれない。


「五位…!?」


 子子子法師の方も主従の言葉の意味が分かったらしい。五位と言えば貴族。何故、こんな田舎に?と驚きを隠せない。その視線に気づいているのか、季房は進み出て軍勢に一喝する。


「控えおろう!」


 響き渡った声に気圧されるようにして、歩みを止める。騎馬で先頭を進んでいた加藤の馬、その頭を季房が撫でる。


「戦はこれにて終了!鎌倉におわす佐殿代官の五位季房が認定した!この佐用郡に陣を張るが良い!」


「な、な…!?」


「なんでそんな勝手が!」


「法師」


 季房が子子子法師の方に向き直って言った。


「勝者はどっちだ?」


 ぐ、と何も言えなくなった子子子法師は引き下がった。




「赤松村」


「左様」


 戦を収めた季房は五郎と六郎に命じ、子子子法師を預ける家を探させた。その間、季房と法師は二人きりになる。


「この辺りには立派な赤松が茂る。香りのよいキノコも採れる。良いところなの」


「松茸、という奴だなあ。実家いえでもたまに食ったわ」


「そう、都にも赤松は生えるの」


「ここいらほど立派ではないがなあ」


「ちょっと待てぇ!」


 和やかな様子に加藤が物申す。


「なんじゃ?なあ、加藤殿」


「なあ、じゃない!その娘は何故、縄にも就いておらん!」


「あれほどの武者振りの娘っ子じゃ。無様はかわいそうじゃろう。なあ?」


「であるから、こそじゃろう!?」


 季房の言葉を武士への情けと受け取り、自尊心が満たされる子子子法師に対し、加藤はご立腹だ。


「危険じゃ、危険すぎるぞ!」


「大丈夫じゃ、なあ?」


 季房は加藤の目をじっと見ていた。茫洋とした視線ながら、しかしどことなく意思を感じさせ始めた。


「法師は武士の情けを理解できぬ獣にあらず。七位兵衛少尉ともあろう者なら、わかるはずじゃ、なあ?」


 痛いところを突かれる。加藤はこう見えて従七位下の官位を持ち、右兵衛少尉という官職を帯びる立派な『侍』である。20年前の乱でも平氏方として活躍した古豪だ。


「む、ぐぐ…!」


「目を瞑ってくれるなら、某の武功、半分は貰ってもらう。この塁は400の兵が集う城だったことにしても良い」


「な、五位殿!?」


 そんな虚偽申告、バレたら真っ先に季房の首が飛ぶ。功績を改竄しようというのだから。


「不味いことにならんよう、佐殿とよう話す。だから、な?」


 何がそこまで…と、加藤の口から出かかったところで、陣営設営のことで郎党に呼ばれた加藤は踵を返して季房の幕舎を出て行った。


「ご、五位様…?」


 子子子法師が本気か?と言う目で見ている。彼女は観念していたのだが、希望が見えるようなことを聞いたので目が爛々としている。


「今ここで、そなたを首級にするのは簡単じゃ。なあ、違うか?」


「ええ」


 法師は視線を伏せた。事実だ。彼女は弓を射る他は何の軍事的技能も持たない。


「よう見ればの。某の鼻ほどまでの背丈じゃ。女としては背丈があるが、な」


 女としてでも圧倒的な肉体を持つわけではない。ただただ弓術のみに長けたるが故の…まさに『神懸かり』だったのだ。


「明日明後日、郎党どもとも会わせてやろうな。できれば、彼らを某の兵にしてやりたいのだ」


「どうして、そこまで…?」


 敗者として至れり尽くせりな待遇に、唖然茫然としながら法師が問いかける。それに、季房は恥ずかしそうに答えた。


「某がな、家を作る時。隣にいてほしいのじゃ」


 そなたのような一途な娘がな、と言われた法師は耳から鼻から頬から、頭の全部が真っ赤になった。

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