第4話 サッカー部のカッコいいヤツ

 放課後、わたしは屋上からグランドを眺める。サッカー部が練習をしている。この距離では信也くんは確認できない。


 近くまで行きたい……。


 もし、羽根が有れば一瞬にして行ける距離だ。


「なに、落ち込んでいるんだ?」


 屋上の入口から信也くんが現れる。


「何で、ここにいるの?」

「グランドから屋上に車椅子が見えてな」


 やはり、車椅子は目立つらしい。


「ホント、不器用だな、これから俺はサッカーの練習に入る。近くまで見に来てくれ」

「うん……」


 小さく頷くと信也くんが車椅子を押して屋上を後にする。着いたのはグランドの隅であった。ここからならサッカー部の練習がよく見える。サッカーの事はよく分からないが。キャプテンはゲームの中で司令塔の役割をするらしい。


「きゃー、カッコいい」


 グランドの中央に陣取っている女子達は信也くんの固定ファンだ。しかし、固定ファンと言っても人徳がある。信也くんを好きになるのはそれなりに秩序を保つ能力がある。わたしが信也くんに優しくしても決して悪口など言うないのであった。


 しばらくして……。


「お前が最近できた本命か?転校してきて一目惚れしたとか」


 サッカー部のエースが声をかけてくる。どうやら、チーム内でライバルらしい。


「ほ、ほ、本命ちゃうわ」


 突然の本命宣告である。わたしに一目惚れしたとか……。否定しなければ心の整理がつかない。


「ふ、そんな関係か」


 どんな関係だよと小一時間質問したい気分だ。グランドの中から信也くんの声が聞こえる。やっぱり、遠くから眺めているだけで幸せな気分である。


「はぁー見た目はいいが、こんな奥手の女子の何処がいいのか……。大体、南崎の奴、ふぬけになるかと思えば更に自分に厳しくなった」

「信也くんはあなたには負けません」

「良い心がけだ」


 そう言うとサッカー部のエースは去っていく。わたしは負けない、わたしの存在が足手まといなんかにならない。


 練習が休憩時間になると。


 信也くんがやって来る。


「信也くん、負けないで!」



 信也くんは一瞬の沈黙の後で「あのバカのせいか」そう言うと苦笑いをする。


「あいつには勝てないな。俺は大丈夫だ、勝てないのはグランドの外の事ばかりだ」


……?


「負けたの?」

「あぁ、グランドの外でだ。ピッチの中では負けない」

 

 これがライバルと言うモノなのかと少し勉強になったきがする。


 その後、サッカー部の部活が終わる頃には辺りは暗くなっていた。わたしが帰り支度をしていると。


「一人で大丈夫か?」

「はい、刺されたくらいでは死にませんよ」

「え?」


 おっと、わたしが天使である事は内緒だ。それに、本当に刺されたら痛いのは変わりない。信也くんは自転車、方向も違う。


 うーん、と小首を傾げる。甘えてしまうか……。などと、むふふな妄想をしていると。


「俺のミスだ、一緒に帰りたいが俺にも門限がある。残念だが一人で帰ってくれ」


 ガビーンであった。しょげていても仕方がない、帰ろう。わたしは水筒を取り出すとカラである事に気づく。


 「お前もわたしの事が嫌いか?」


 ポツリと呟くとペットボトルのお茶が用意される。信也くんだ。


「俺の代わりに持って行け」


 この甘辛い気持ちは何であろう。

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