信仰の日 4

 その後二人の男性が案内に来て僕らをミサに参列させてくれた。


「これがミサ、ねぇ…」


 ドブ川を眺めるような目でずっとミサの様子を見ていた羽美がついに限界に達そうとしていた。

 瀟洒なドレスで高らかに足を組んでそこに肘をついている。


「お気に召しませんでしたか、では外へ遊びに行く方がよかったでしょうか?」


 案内してくれた一人の男性がご機嫌を伺って提案をしてくれた。

 女性受けのする高身長で適度に遊ばせたヘアスタイル。バーやクラブに居そうな人種だろうか。そのくせ誠実な態度だからギャップがあってウケがいい。


「帰る」


 出掛けるのが好きな羽美にしては珍しい提案で、少し驚きだ。


「うーちゃん帰るの?じゃ、皆で帰ろ」

「そうだね」


 羽美の隣に座っていた竜胆が羽美に抱きついて賛成していたので、僕もついでに羽美に抱きついておいた。


「よっしゃ、んじゃ帰るか!」

「あ、お客様!よかったらこちら参列くださった皆さんに心ばかりのお礼を受け取ってください」

「わーい、ありがとう!」


 竜胆が受け取ったが、羽美は足早にその場を後にしてしまった。

「ごめんなさいね、もしかしたら女の子の日なのかも?気にしないでね」

「ハハ…ハ…」


 愛想笑いを返された。

 心を読める羽美にとって、ミサのような思想の塊をぶつけられる空間は重すぎたのかもしれない。


 一時間程度で帰ってきてしまった僕らは、後一時間は誰も居ないホテルで過ごすことになるらしい。


「ごめんね羽美。心が読めるのに教会はやっぱりダメだよね。明日の朝には帰ろっか」

「気にすんな。前に見た、死人を呼び寄せる儀式のために自分の身体痛めつけてる奴の方がきつかった」


 そんな奴も確か居た。けど羽美に我慢させたのは事実。

 ……

 …

 話の途中だったが、何かに気づいて会話は途切れた。


「……」

「……」

「……」


 僕ら三人は悩んでいた。

 誰も口にしないが、視線はクローゼットに集まっている。


 何かいる。

 次に二人の視線が僕を捉えて、対応は僕に任せられた。いつもの事だ。

 締め切ったクローゼットの前に立って語りかける。


「昔、マスターと隠れんぼしたことがあるんだ。その時僕は一回だけクローゼットに隠れたんだけど、その時マスターは何したと思う?」

「……」


 返事はない。


「クローゼットを開かなくして、催眠煙幕を炊いて裸にされてそのまま風俗に売り飛ばされたんだ。バイヤーに『ロリコンに高く売れるな』って言われた時は怖かったなぁ」


 そう言いながらマスクを付けて、僕は煙を炊いた。

 ガガガタ、ガタガタ、ガンガンガン!


「ままま、まままっとぅえ!うふぇ!けむい!」


 慌ててクローゼットを開けるのに失敗して中で何かがもがいている。

 逃げるようにクローゼットから出てきたのは、メガネを掛けたアフロヘアーの男だ。見た目が濃すぎて年齢が分かりずらい。


「実験失敗かな?」

「もじゃもじゃ」

「風俗には売れそうもねぇな」


 一応何をするか分からないから、内ポケットのサイレンサー付きの拳銃を向けておく。

 本気で怖がっているようで、腰が抜けて地面に背中を付けながら逃げている。


「ごご、あふ、舌噛んだ…はなひをきいへくだはい」


 『話を聞いてください』と言っているが、銃は背けずに聞く。


 少し息を整えてから男は話を始めた。

 男はここの住民で、ここの環境を知り数ヶ月前に移住をして来たらしい。

 最初は暮らしやすい街だと感じていたが、数日前に突然婚約者を決められたそうだ。

 男には何も問題のない神から決められた決定事項だった。相手の女性も受け入れようとしてくれているらしい。


「いや、まて。婚約者を決められるってホントにそれでいいのか?」

「ええ、構いません。それが神から与えられた使命ならどんな障害を抱えてても愛します」

「すげーな」


 羽美は単純に驚いていた。


「しかし、私たちが夫婦になるために愛を確かめ合うよう努めていたのですが、いつしか彼女は僕が近づくだけで震えるようになってしまったのです」

「何かしたのか?」

「教えの通りに『夫婦は毎日口付け』をしようとしただけで。しかし、彼女は私を受け入れるのに限界にだったようです」


 おそらく口臭ケアなど全力を尽くして尚それは解決することができなかったのだろう。今でも何か出来ないか考えて目が遠い場所を捉えている。


「それで、自分からこの街を出るため僕らの車に隠れようとした」

「…そうです」


 全てはいた男は、後は神まかせと言った顔でしおらしくなった。


「いいですよ」

「あ、ありがとうございます!」

「はいもじゃもじゃ、お菓子でも食べて元気だして」


 何度も礼をいいながら、竜胆から渡された茶菓子を食べ散らかしていた。

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