アロマンティスト×ギャル 2


「それで、何の用?」


「あら、用事が無いとお声をかけてはいけませんか?」


「そういうわけじゃあないけど」


「ふふっ、本当にお昼をご一緒したかったんですよ。残念ながら、クラスにはそういう人がいませんもので」


「そうか……。宮里さん、寂しい学生生活を送ってるんだね……。僕で良ければいつでも相手になってあげるからさ」


「ちーがーいーまーすー! もう。趣味が合わないってだけですよ。みなさん恋愛に夢中のようで、正直肩身が狭いんです。すぐに好きな人いるのー?って聞かれて。素直に自分がアロマンティストだって言えればいいんですけれどね、そんなことをすれば余計に厄介なことになりそうですし」


「ああ、うん。それは僕も分かる」


 かえではぷりぷりと怒り、まるで言い訳のように反論する。ともあれその中には、龍成にも同意できる部分もあった。


 集団は、異物を排除する。茜のような例外はいるものの、龍成は自分もその例外になれると自惚れる気には到底なれない。


 これが茜のように異常にモテるとか、何か他に集中して取り組んでいるものがあるのなら話は別なのだろう。だが、龍成はモテ始めたとは言え、茜と比べれば告白されたのは僅かな人数だし、二つの家の家事を一手に担っているとはいえ、胸を張って恋愛以上に優先できると人に言えるような何かに熱中しているわけでもない。


「それはそうと、気を使っていただいてありがとうございます。しっかり言質は取りましたので」


 かえでが取り出したのは、ボイスレコーダーだった。スイッチを押す。『僕で良ければいつでも相手になってあげるからさ』という声が再生される。龍成はボイスレコーダーを奪おうと手を伸ばすが、かえでに避けられ、制服の内ポケットの中に入れられてしまう。


「そこにしまうのはちょっと卑怯じゃない?」


「ボイスレコーダーを奪うという名目で、あんなところやこんなところを触ったり揉んだり出来ますよ? 見ての通り、ここなら人気ひとけもありませんし」


「しません。僕を何だと思ってるのさ」


「でも足高さん、スマホを奪おうとして、私を押し倒しましたよね?」


「さぁはやくお弁当を食べようか! ゆっくりしてると昼休みが終わっちゃうからね!」


 龍成は弁当の蓋を開けた。中身は分かっている。何せ自分で用意したものだからだ。隣、かえでも自分の弁当の蓋を開け、


「足高さん、おかずの交換っこしませんか? 私、前からやってみたかったんです」


「別にいいけれど。……もしかして、本当にお昼ご飯を一緒に食べたかっただけ?」


「いえ、もちろん恋愛相談室の活動もありますよ。ほら」


 かえでがスマホを取り出す。画面は8分割されており、それぞれに違う場所が映っている。見知らぬ人が通り過ぎる画面。男女がべったりとくっついて、女子が男子に何かを食べさせようとしている画面。志部谷しぶやらしき人物が映り、周囲を見渡したあと、明らかにカメラを見ながら手を振っている画面。誰も人が映っていないものもある。


「さすがに教室とかで、これを堂々と見るわけにはいきませんからね。足高さんと一緒なら、周りからは同じスマホでムービーでも見てるとしか見えないでしょうし、不自然には思われないと思うんですよ」


 それはいいのだが、果たしてかえでは気付いているのだろうか。一つのスマホを二人して見ているせいで、お互いの顔がものすごく近い位置にあるという事を。首を90度曲げるだけで、頬に唇が当たりそうな距離だという事を。


「足高さん? どうかしましたか?」


「あ、いや、なんでもない。これまではどうしてたの?」


「どうしようもないですねー。現行犯じゃないと。放課後になってから昼休みの録画を調べて、ハッスルしてる二人を見つけても、それを証拠として持ち出す方が問題になりますし。なにより流出が怖いので」


「僕が告白されているシーンをダウンロードしていたのと同一人物だとは思えない発言だ……」


「それに、放課後に一人で同じ学校の生徒がセックスしてる映像を見てると、なんか、こう、嫌になりません? 確かに私はアロマンティストではあるんですけれど、それは他人がイチャついてるのを見てもなんとも思わないって訳じゃないんですよ!」


「あー、うん、そうだね」


 龍成は返事を取り繕った。男女で感覚が違うのかも知れない。たぶん男子の方は、同級生とか先輩の女子がヤってる映像とか写真とかを見ると、普通にAVやエロ本を見るのよりも興奮するんじゃないだろうかと龍成は思う。こう、ナマの臨場感というか。



 それに恐らく視聴している場所は、例の古い校舎の宿直室に、かえでが一人だけで見ているわけで。人が誰も来ないのをいいことに、映像を見ているかえではせわしなく太ももをすり合わせ始め、制服の上から先端部を指先で擦らせ、ついに我慢が出来なくなったかえではするすると下着を脱ぐと両足をM字状に開いて、



 そこから先を、龍成は意思の力でねじ伏せた。


 龍成が隣で自分のソロプレイ妄想未遂事件を起こしているなどとは露ほども思わず、かえではきょろきょろと周囲を見渡していた。


 すこし気まずく思いながらも、その様子に龍成は声を掛ける。


「どうかしたの?」


「その、スマホの置き場所に困りまして。あ、そうだ! 足高さん、私、スマホを見てるので、食べさせてもらえませんか?」


 龍成は無言でかえでのスマホを取り上げた。尻をずらして二人の間に隙間を開け、そこに取り上げたスマホを置く。尻の半分が冷たいのを感じる。


「何馬鹿なことを言ってるの。スマホばっかり見てないで、さっさとご飯食べちゃいなさい」


「……足高さん、なんだかお母さんみたいです」


「はいはい。で、どれ食べたい?」


「え?」


「おかずの交換、したいんでしょ?」


「足高さん……! じゃあじゃあ、卵焼きとかどうでしょう!?」


「いいよ。どうぞ」


「あ~ん」


 龍成がおかずを取りやすいように弁当を持ち上げ、かえでは目を閉じ口を開いて待っている。


「……何してるの?」


 かえではぱちくりと瞬き、首をわずかに傾げ、


「何って、食べさせてもらおうかと」


「ちゃんと自分で食べなさい。ほら、お箸持って」


「はぁい。わ、美味しいですね。それにいつも食べてるのと全然味が違うんで、なんだか新鮮な感じがします」


「そうかそうか。この筑前煮はどう?」


「いただきます。わぁ、柔らかくて、冷めてもしっかり味が染み込んでいて美味しいです」


「ミニハンバーグもどうぞ」


「あ、はい。いただきます」


「ピラフはこのスプーンを使って」


「あ、ありがとうございます。……じゃなくて! なんで次々と食べさせようとするんです!? 田舎に孫が遊びに来た時のおばあちゃんですか!?」


「お母さんからおばあちゃんにランクアップしちゃったかー」


「私にこんなに食べさせて、どうするつもりです!? まさか媚薬が入っているとか……!」


「官能小説の読み過ぎ。だいたい僕も食べるのに、仮にそんなものを持ってたとしても、入れるわけないでしょ」


「じゃあ私を太らせて、性的に美味しくいただくつもりとか」


「いただきません。あと勝手に僕をデブ専にしないで。だいたいね、これでも一応、カロリーとか栄養は考えて作ってるんだよ? 茜のご飯は三食とも僕が用意してるんだけど、その茜だって全然太ってないでしょ?」


「足高さん」


 かえでは、ものすごく真面目な顔で龍成の名前を呼んだ。


「何?」


 龍成も思わずかしこまる。かえでの次の言葉を待つ。かえでは『めっ』と人差し指を立て、


「女の子と二人きりでいる時に、他の女の子の名前を出すのは失礼だと思いませんか?」


 そして龍成の腹の底からは、深々とした溜め息が出た。


「僕と宮里さんが恋人同士の関係だったらね。実際はどっちもアロマンティスト。でしょ?」


 龍成の返事に、かえではふてくされた。


「いいじゃないですか。アロマンティストだからと言って恋人らしいことをしてはいけないって法はないんですよ。私は恋人を作るつもりもありませんし、将来は大勢の孫たちかっこ養子の子供かっことじに見守られながら大往生する予定ですけれど、せっかく一回しかない人生なんですから、一回くらいは人生経験としてそういうことをしてみたいとも思うんです」


「なかなかにわがままな娘だなぁ……」

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