アロマンティスト×アロマンティスト 6


 唯一のヒントが無くなってしまった。


 少なくともあの官能小説が、かえでの言う勧誘とやらに関係しているとは思えないし、ましてや思いたくもない。まさか二泊三日の**し旅行の竿役として龍成に白羽の矢が立ったわけではないだろう。


 龍成には恋愛に対する興味が薄いという自覚はあるが、性に関しては人並み程度には興味があると思っている。もし本当に、かえでの豊満な身体を好きにしていいとなったら、断る理由を見つける方が難しい。


 ……いや、待てよ。ヒントが無くなったと思ったけれど、そうではない。もっと特大のヒントがあるではないか。


 そう、龍成自身だ。


 今は中間テストも終わった五月の半ば、部活動の勧誘が熱心だったのは半月以上も前。当時に勧誘されることなく、今になって勧誘される理由。最近になって龍成の身に起こったことと言えば何か。


 校則違反ギリギリの茶髪。スクールカーストの女王様。


 ポニーテールのクラス委員長。


 おかっぱ頭の文学少女。


 それに思い返してみれば、かなではつい先ほど不可解なことを言っていた。



『ちょっと何人かに告白されたからって自意識過剰ですよ』



 妙だ。何人かに、というのはどういうことだ。『最近告白されたからって』なら分かる。ここに出入りするには図書館の裏を通らなければならず、弘原海わだつみから告白されるのを目撃していたのだろうと納得出来る。だが、おそらくそうではない。図書館の裏で告白してきたのは弘原海だけだ。


 つまり、かえでは龍成が最近になって、複数人から続けざまに告白されたことを知っているということだ。そんなことが出来るだろうか。そんなことが出来る部活とはなんだ?



「―――恋愛相談部、とか?」



 ふと思いついた言葉は、気付いた時には既に口に出していた。変なことを言った。また馬鹿にされるなと心の中で耐衝撃防御態勢を取る。が、


「「おぉ~~~」」


 かえでも志部谷しぶやも、小さく拍手をして感嘆の声を上げていた。


「凄いですね、足高あだかさん。ほとんど正解です。まさか当てられるとは思っていませんでした」


「正確には恋愛相談室ね。部活として発足している訳じゃないからさ。あ、一応言っとくけど、この活動、学校公認だよ」


「マジかよ……。って、学校が公認してるって本当なんですか?」


「本当本当。ねえ足高、中学の時、学校にカウンセラーって来てなかった?」


「はい、来てましたね。僕は利用したことなかったですけど。あ、もしかして志部谷先生が?」


「違う違う。細かい理由は省くけどさ、教師はカウンセラーの兼任って不適切なのよ。だから外部から専門家を呼ぶの」


「はぁ。専門家……」


 その時、龍成はとても馬鹿なことを思いついた。


「もしかして、その専門家が学生に扮して入学しているってことですか? あいたっ!?」


 机の下、脛をかえでに蹴られた。


「私まだ15歳ですよ! そんなに老けて見えます!?」


「まぁ顔はともかく身体は15歳には見えないわね。あいたっ!?」


「もぅ、楓恋かれんちゃんまで酷い~」


「こぉら、志部谷先生、でしょ? 学校で下の名前で呼ばないでよ。アンタ相変わらず足癖悪いわねー」


「……で、そのことと宮里さんに何の関係があるんです? そのカウンセラーの人の妹とか?」


「残念、ハズレ。あおい……この子の姉は電気屋で働いてるわ。ちなみに私の同級生」


「じゃあ、どうして?」


「カウンセラーも絶対無敵の雷神様とはいかなくてね、一個だけおっきな弱点があって」


「それが恋愛?」


「それが恋愛」


 どうにもピンとこなかった。


「恋愛相談してもらううちにカウンセラーのことを好きになったり、逆に青い果実の面倒を見ているうちに本気になっちゃったり。あ、全部が全部って訳じゃないわよ。ただやっぱり、そういうことは起きちゃうのよねー」


「なるほど。……あれ? 宮里さん、関係なくありませんか?」


「話はこっから。そのことで校長から無理難題を押し付けられちゃってねー。ケツの青いガキの恋愛模様なんてどうしろってんのよ全く、って感じでね。かえでの入学祝いも兼ねてお土産もってって、あおいんちで酒飲みながら愚痴ってたのよ。そしたらこの子、じゃあ、手伝おうかー、って」


「どうして?」


 質問の相手が、志部谷からかえでに移った。


「足高さんなら分かるんじゃないですか?」


「えぇ……? 無茶言わないでよ」


「うーん、言い方が悪かったですかね。上崎さんとは別に付き合っているわけでもないのに、三野宮さんのみやさん、加賀和さん、弘原海わだつみ先輩からの告白を断った、足高龍成さん?」


「悪意がある気がするなぁ」


「そんなことは無いですよ。どちらかと言うと、私が抱いているのは親近感です」


 親近感。



「―――恋愛に、興味がない?」



 かえでの小さな拍手が、部屋の中で鳴っていた。


「すぐにその答えが返ってくるなんて。足高さん、あなたはやっぱり、私が見込んだ通りの人でした」


 拍手が鳴り止む。まるで待ち望んだ運命の相手と出会えたような瞳で、かえでは龍成を見つめてくる。


「アロマンティスト。恋愛的な意味で、人を好きにならない人たちのことです」


 アロマンティスト。その言葉は、自分はもしかして人間失格なのではないかと不安を感じていた龍成の心に、即効性の薬のように広がっていく。


「私はどうにも昔から、人を好きになるということが分からなくって。この年にもなって、初恋だってまだなんですよ? ……足高さん、あなたはどうです? 上崎さんを、恋愛的に好きだと思っていた頃はありますか?」


 無かった。茜は物心ついた頃にはもう隣にいて、二卵性双生児の兄妹のような感覚だった。初めて告白されたと相談された時にも、「そうか、僕も義兄弟が欲しかったんだよな」なんてことを思っていた。


「今までに、誰か好きな人が出来たことはありますか?」


 無かった。茜を通じて、女子との交流は比較的多かったようにも感じる。だが、そう思えるような感情を抱いた覚えは、一度たりとも記憶にない。


「お仲間です」


 もし龍成がアロマンティストでないのならば、きっと恋に落ちたに違いない満面の笑み。



「アロマンティストの恋愛相談室へようこそ、足高龍成さん」


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