6.思考を放棄したかった


 新しく私の眷属となったゴブリン、オーク、ワーウルフの三種族。


 私と『血の契約』をしたことで、彼らはそれぞれの『進化』を遂げた。元の何倍も強くなったみたいで、私への多大な感謝の気持ちとして、今まで以上に働き、この村に貢献しようとしてくれているらしい。


 私が起きた時、クロがそう教えてくれた。

 その報告の中で私が驚いたのは、私が契約したのは三人の代表だけだったというのに、傘下に加わった三種族の全員が代表と同じ『進化』を遂げた……ということ。


 そこで、種族の強さによって変わるのではないか? とクロは予想したみたい。


 クロ達、フェンリルは魔物の中では最上級の強さを持っていて、伝説でしか存在しないと思われているほど、珍しい種族だ。だから、個体ごとに契約する必要があった。

 でも、今回契約したのは……悪く言ってしまえば、魔物の中では底辺に位置するような魔物達。

 武力でどこかへ渡り歩くのではなく、傘下に加わり、自分達の身の安全を守ることしかできないような、弱い魔物だ。


 だから、種族の代表だけが契約しても、私から流れた魔力を個人だけで受け止めきれず、その配下達に流れた結果、同じように進化したのでは? とのこと。


 魔物が受け止めきれないほどの魔力が、私から流れているというのは、あまり実感が湧かない。

 私は吸血鬼の中でも特別だけど、一つの『個体』として珍しいだけで、そこまで強力なものではないと、今までそう思ってきたから。


 まだ『血の契約』についてわかっていないことは、いっぱいある。でも、それを難しく考えるより、今は戦力を得られたことを素直に喜ぼうと、みんなは思っているみたい。


 私のことだから、気になるかと言われれば気になるけど……やっぱり、考えて何かいいものが思いつくとは思わない。

 だから私も、みんなが強くなったことを素直に喜ぶことにした。




「…………ん……ん、ぅ」


 クロ達との出会い、魔物達との契約、そして進化。


 ──色々なことがあった。


 そんな中、私だけは何も変わっていない。

 いつも通り満足するまで眠って、ちょっと起きて、すぐに眠くなって、目を閉じる。


 そんな生活が何日続いただろう。

 私は眠ってばかりだから、追放されてからどれくらい経ったかなんて、わからない。


 でも、日を増すごとに、私の周囲が騒がしくなっているのは、よくわかる。

 それは煩わしいとか、うるさいとか、そういう負の感情を持つような騒がしさじゃない。みんなが楽しそうにしている。今に満足している。そんな騒がしさだから、私も、ちょっと嬉しく思う。


 村のことは、相変わらずクロ達に任せっきりだ。

 私が先頭に出ても、何も思いつかないし、何もできない。『高貴なる夜の血族クイーン』なんて大層な名は付いているけど、私はただの無能だ。


 でも、それをどうにかしようとは思わない。

 面倒ってのもあるけど、やっぱり、それが私らしいと思うから……。


 そう思ったから、私は、私の村のことを、みんなに任せている。

 私は何もできないけど、みんなが不満なく暮らしていける場所を作るように、みんなが意見を出し合ってくれるのなら、それが一番いい。




 だからこれは、単なる我が儘なのだろう。




「ねぇ、クロ……」


 側に控えるクロを呼ぶ。


『はい。我が主』

「私ね、お願いがあるの」

『はい。何なりと』


 私は憂鬱に腕を上げ、前を指差す。


「私を崇めるの、やめてほしい」

『……………………』


 私が指差したところには、沢山の魔物がいた。それらは皆、私の方を向いて膝を折り、両手を合わせて祈るようにしている。


 何もわからない私でも、流石にこれはわかった。

 ──なんか崇められている。と。


 私が眠っていた場所も、知らない間に変わっている。


 前は小枝を組み合わせた建物……と言えるのかどうかはわからない、小さな部屋の中だった。

 なのに今私がいるのは、大きな作りをした広間の、大きな階段の上。そこに私は眠っていて、当番のブラッドフェンリルが、私の抱き枕として横たわっている。


 この目で実際に見たことはないけれど、『神殿』みたいだ。

 崇められてるし建物の内装がとても綺麗だから、そうなのかなと思ったけど……どうやら、それで間違いではなかったみたい。


『……できぬ』

「何なりと、って……言った」

『皆、主を崇めたいのだ』

「…………嬉しくない」


 崇められるほど私は特別じゃない。

 だから、崇められても、困る。


「前みたいな場所が、好き」


 クロ達は、私の『静かに眠りたい』というお願いだけはちゃんと約束してくれている。だから、神殿の中は常に無音だ。誰も音を出さないように気をつけて行動しているのか、みんなの動きはとてもゆったりとしている。


 でも、問題はそこじゃない。


 たとえ静かだとしても、邪魔されないとしても、寝ている姿を大勢の眷属に見られているのは、少し、いや、かなり恥ずかしい。


 私はみんなの考えに口出ししない。

 それでも、文句は言わせてほしかった。


 だからこれは、私の我が儘なのかもしれない。


『…………わかった』


 私がはっきりと「嫌だ」って口にしたら、流石のクロも諦めてくれた。


『ここには主の像を建て、祈りを捧げるようにしよう』

「…………好きにして」


 それも恥ずかしいけど、みんなは私のことを崇めたいらしい。

 なら私は、安全に眠れることだけを優先すればいいと、この神殿のことは記憶から消すことにした。


 その後、この神殿は改装され、本当に私の像が建てられたらしい。


 報告を聞いたのは、私が次に目を覚ました時だった。


 ──時すでに遅し。

 私は諦め、ゆったりと瞼を閉じたのだった。

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