第18話


 膠着状態が続く中、カーズはハヤミを介して、ケイプス商会の会頭ラナイガに呼び出された。


「お呼び立てして申し訳なかったですねぇ。ええ、ええ。はじめまして、ではありませんから私のことはご存知でしょう。第二部隊隊長カーズ君」


 如何にも好好爺という風情の小柄な老人が、にこやかにカーズを迎えた。柔らかな動作でカーズに椅子を勧めてから、自身も座る。


「私に何のご用でしょうか」


 カーズは腹に力を入れた。

 老人のことは確かに知っている。ナナガ国のトップの一人で、国議会メンバーだ。ただし、カーズが知っているのは顔と立場のみ。

 議会メンバーで話す機会があるのは、治安維持警備隊総隊長くらいである。


「そう身構えなくても取って食いはしませんよ。ええ、ええ。私は商人ですからね。儲かる話をさせてもらうだけです。もちろん、君にも損はさせませんよ」

「商人の儲け話ほど怖い話はありません」

「ほっほっほ! ええ、ええ。そうですねぇ」


 ラナイガは、愉快そうに小さな体を揺すった。


「ギルバート前隊長。彼は何故、人を殺しも喰いもせず、護衛を叩きのめして脅しをかけるだけなのでしょうね?」


 この老人がカーズを呼んだのは、ギルバートの目的を聞きたいが為ではない筈だ。だが、カーズにはラナイガの思惑を読み、自分に有利なように動くなど出来はしない。下手な小細工もはったりも無用と判断して、カーズは口を開いた。


「人を殺しも喰いもしないのは、ギルバート隊長は人を喰って強くなる気がないからです。なれば俺たちが隊長を殺せなくなりますから」


 高位妖魔になってしまえば、カーズたち第二部隊の持つ武器は効かなくなり、ミズホ国の妖魔狩りの力を借りなければならなくなる。


「ほう。彼は貴方たちに殺されたいと?」

「正確には、俺たちに殺されたいのではなく、俺たちと戦って死にたい、です」


 妖魔は人の罪から生まれる。生まれた妖魔は生んだ人間を宿主にして、その人間の精神を喰う。妖魔の考え方、性格、能力は喰った人間に限りなく近い。宿主となったギルバートも、以前のギルバートと同じだと考えていいだろう。


「日頃からギルバート隊長は、戦って死にたいと。どうせ戦って死ぬのなら、お前らのような最高の戦士とやり合って死にたいと言っていました。実現はしないだろうと前置きをしてですが」

「なるほど。しかし、戦って死にたいだけなら、とっくにやれていたと思いますが?」


 三大商会の会頭ラナイガは、笑みを絶やさないまま、適度に体が沈みこむ椅子にちょこんと小さな体を納めている。


「隊長は道を敷いてくれているんです。俺たちの為に」


 ギルバートは議会メンバーの元に現れては、姿だけを見せて恐怖を煽っている。議会メンバーを殺すでも殴るわけでも罵るでもなく、その際に第一部隊だけを叩きのめしてだ。


『ここまで上がってこい、カーズ。ここまで来て初めて上の奴らには文句を言える土俵に立てる。それより先はお前次第だ。変えたければお前が変えろ』


 四年前、理不尽に歯噛みしたカーズへ当時隊長であった、ギルバートがかけた言葉だ。


「ほっほっほ。第二部隊の退職金制度の変革への道ですか。ええ、ええ。やはり君とはいい取引になりそうです」


 ラナイガの目尻のシワが深くなった。満足そうに二度うなずく。


「どういうことか、私にも分かるようにご説明願えますか?」


 駒として動くのならば、知る権利もあるだろう。老人は楽しそうに何度も頷いてから口を開く。


「ええ、ええ。そうですねぇ。では、私の目的をはっきりさせておきましょう。私はね、カーズ君。この国の最高権力者になりたいのですよ。それにはドネシク議会長が邪魔でしてねぇ」


 随分とあけすけな告白に、カーズは警戒を強めた。

 立憲君主制のこの国の最高権力者は、国議会議会長である。

 国議会メンバーは議会長、ナナガ国国王、ナナガ国国軍元師、裁判官長官、治安維持警備隊総隊長、ナナガ国の三大商会のそれぞれの会頭、三大公爵家で構成されている。

 ナナガ国の政策は全て国議会で可決され、最終的な可決は議会長が下す。


「議会長としては、国民の関心を全て第二部隊に向けておきたいが、ギルバートは始末してほしい。先にギルバートを殺させてから、カーズ君に責任を擦り付け、辞任させれば万事解決です。ギルバートが第一部隊を虚仮にしているのは、それをさせないため、といったところでしょうよ」


 そこでシワだらけの手を伸ばし、先に淹れてあった茶で喉を潤した。一呼吸置いて続ける。


「戦いに長けた元第二部隊隊長ギルバートが宿主になれば、素人と違って中級でも脅威です。そのギルバートが議会メンバーに、いつでも殺せるぞと脅しをかけているのです。ええ、ええ。ドネシク議会長も内心は焦っているでしょうよ。なにせ昨夜は、議会長のところに現れたらしいですからねえ」


 報せを受けて第二部隊が駆け付けた時、腰を抜かしていたドネシク議会長は、カンカンに怒っていた。


「しかもこれだけ第一部隊がいいようにやられていると、第二部隊にばかり世論の意識を逸らせておけませんからね。カーズ君に、早くギルバートを始末してもらうための圧力をかけることと、責任の追及、この二つの目的からまず間違いなく査問会を開くでしょうよ」


 カーズはぐっと眉間にシワが寄るのを抑えられなかった。どこまでも第二部隊を馬鹿にしている。


「ほっほっほ。しかしねえ。慌てて査問会など開くこと自体が、第二部隊の重要性を証明しているのですよ」


 またラナイガが、分かるような分からないようなことを言う。


「査問会で言ってやりなさい、カーズ君。第二部隊きみたちが一体どういう存在なのかを。君たちを軽んじる浅はかな考えが、どういう結果をもたらすのかを突き付けてやりなさい」


 後のことは任せておきなさいと太鼓判を押して、ラナイガは話を締めくくった。

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